〜Cross each other Destiny〜

交錯する運命

番外編
第1話  【ラクティヴ編〜少年剣士の冒険〜】

 あの日誓った約束。
オレとお前は、弱き民を護る立派な騎士に。
そして、ずっと背中を預け共に戦うと誓った。
お前はまだ、覚えているか?
あの時の日々を。騎士道を。
━━━━━。


―ルーンミッドガルド王国・首都プロンテラ―
 キキイィーィインッ…ガキンッ……━━。
綺麗で規則的な金属音がいつまでも鳴り響く。
息が上がっても不思議と辛さを見せず、二人とも笑顔で修練に打ち込み続けていた。
『ハァッ…ハァッ……!!』
時折2人同時に息を整える時でさえも、互いに眉間を寄せながら笑っている。
年齢は互いにおよそ10歳といったところだろうか。
自分の身体には少し大きめの剣をしっかりと両手で握り、何度も何度も剣を振るっている。
「ちょっと…ハァッ……休もうぜ……疲れたよ……。」
黒髪の少年が剣を地に突き刺し、それに持たれかかる様にして言った。
だが、それが届く頃には既にもう一人も同じ態勢になっていたのは言うまでもない。
ドサッ……━━。
首都プロンテラの一角にある修練場は本物のそれと比べればお遊びの様なカカシが置いてある以外何もない空き地の様な場所で、そんな場所を熱心に使う人も皆無に近い為、寝転がっても誰も文句を言いやしない。
「なぁラク……騎士ってどんな感じなんだろなぁー……?」
空を仰ぎ見る黒髪の少年が銀髪の少年ラクに尋ねた。
「うーん……とりあえず…正義の味方なんだよ。」
「それは見た感じだろ……。」
少し後味の悪い結果だけが虚空に吸い込まれて消えていく。
カァー……カァー……━━。
気づけば既に陽は傾き始め、修練場の周りには人一人いなくなっていた。
「そろそろ帰るかー?」
フェイルが半身を起き上がらせてラクに促す。
「そうだなー……時間も時間だし、今日はこれで終わりにしようぜ。」
泥まみれの銀髪が起き上がると同時に夕日で黒光りを発し、そのだるそうな言葉に拍車をかけて重くうな垂れて見える。
チンッ…━━。
静かに剣を鞘に収め、二人は家へと足を向けて歩き出した。
「それじゃ、明日は約束どおりの時間にイズルードな。」
フェイルが念を押してラクに何度も手を振りながら同じことを呪文の様に復唱し続けている。
「わかってるってー!お前こそ遅れんなよー!」
ラクはそれを少しお節介に思いながらも、まだかまだかと待ちわびる様な表情を浮かべて手を振り返した。
フェイルが見えなくなるまで見送ると、ラクは体を翻し家へと歩き出した。

ガチャッ……ギィ……━━。
隣近所より豪勢にも見える扉は、かなり年季があるのか軋みをあげている。
「ただいま、母さん。」
「今日も遅かったわねー……ご飯できてるから、すぐに食べられるわよー。」
ラクは帰りを母親に告げ、玄関を入って途中にあるリビングを素通りし突き当りにある階段を昇っていく。
パタン……ドサッ……━━。
二階に上がってすぐの半開きだった部屋のドアを軽く閉め、ラクはベッドへと雪崩の様に倒れこんだ。
「ふぅー……。」
オレの名前はラクティヴ、ラクティヴ=グローリー。
ソードマンギルドから公式に認められた剣士で、ナイトになる為毎日剣を振るっている極普通の剣士だ。
それとここはルーンミッドガルド大陸で一番栄えているルーンミッドガルド王国の首都プロンテラ。
大陸の遠いところからも行商や冒険者がわんさか集まるこの街は活気で賑わっている街だ。
ベッドに倒れこんでても、外からは街灯、それに人々の笑い声などが窓を叩いている。
「英雄……か……。」
オレには父親がいない。というよりは、もう死んでいてこの世にはいない。
そしてその父親が英雄であったこと、ただそれだけがオレが普通の剣士とは違う理由。
家が普通より大きいのも、少しだけ豪華なのも、父が英雄であったからということらしい。
「ま、オレには関係ないか……飯食べよっと……。」
誇り、普通だったらそういうかも知れないが、顔をこの目で実際に見たこともないし、声も覚えていない父親をどうやって誇ればいいのだろう。
多少なりの凄いとかそういった感情はあれど、英雄の息子とか血筋みたいなそれがオレに影響したといえば剣の腕だけだろう。
ただ、オレがこの道を選んだことを思えば、剣の腕だけでも感謝はしてる。
「いただきまーす。」
修練後の夕飯は格別にうまい。
今日のメニューは、ペコペコの卵を使ったオムライスにコンドルのから揚げ、ハーブのサラダ。
サラダは本来好きではないが、体が資本の剣士、そして目指しているナイトにしてみれば、食事のバランスはとても大事ゆえに残すことはできない。
カチャカチャ……━━。
食事中の会話といえば、オレのことや騎士団の話、それに親友のフェイルのことくらいで、母さんも父さんの事を話そうとはしない。
でも話したくないわけではなく、オレが聞けばちゃんと答えてくれるのだ。
「そういうことだから、明日はイズルードの海底洞窟にフェイルたちと行ってくるね。」
「修行や冒険もいいけど、くれぐれも気をつけてね。」
父さんの死がそうなのだからか、母さんは仕切りに戦闘に対して気にする。
戦闘に死が付きまとい、それを心配するのは普通なのだが、度が過ぎている感じだ。
「ソードマンギルドっていっても、何もないんだから仕方ないのに……。」
2次職であるナイトが所属する騎士団は任務等の仕事があるのだが、ソードマンギルドでは決められた事はなく、それ故に自分で出向いて腕を磨き、自分自身で剣士の上位であるナイトの試験を受けるしか道はないのである。
ガチャカチャッ……━━。
「いつまでも食べてないで、さっさと風呂入って明日に備えて寝なさいよ?」
食器を慌しく運び始めた母さんはそれだけを言い残してキッチンに縛り付けられた様に、後片付けに取り掛かった。
「はーい。」
母さんに食器を明け渡し、早々と部屋に戻っては風呂の支度をして再び一階の風呂場へと駆け込んだ。
ザパアアァァーーァァアンッ……━━。
生傷がしみるのはいつものことだが、やはりこれだけは慣れない。
「へへっ……。」
だけど、この傷が成長の証になるものだと思えばそれも少しは見栄えが良く見え、思わず笑みが毀れる。
窓から見えた満月は、明日の冒険を更にわくわくさせるには十分なものだった。
━━━━━━━━。


―衛星都市イズルード・船着場―
 チュンチュンッ……━━。
小さな町に小鳥の囀りが平和な日常を告げて飛び回る。
イズルードはプロンテラのすぐ南東の位置する小さな町だが、騎士を目指すものたちが訪れる剣士ギルドがあることから、剣士には馴染みのある町となるのだ。
ジャリッ…━━。
「お……オレ最後か……?」
昼前の街には既にオレ以外に何人かの剣士が集まっていた。
「おせーぞぉー!」
フェイル以外にも見知った顔の剣士が2人、青い長髪の女剣士セレスに短い金髪の少年はクルスだ。
特に仲がいいのはフェイルだけだが、この2人は他の剣士と比べて年齢が近い所為か他のヤツよりは話が合う。
その為、騎士になるステップとしてのスキルを積む冒険にはこのメンツで行く事が普通になっている。
ちなみにフェイルの性格は熱く、セレスは腕は立つが少し天然、クルスは冷静沈着といったところだ。
「赤ポーション100個とハエの羽50枚、それに蝶の羽を1枚……ちゃんと持ったな?」
オレが3人の輪に入るとすぐに冒険への再確認がフェイルの口から告げられる。
赤ポーションは回復ポーションの中で最も下のランクでお手軽に買え、ハエの羽はランダムでダンジョン内を自由に飛べ、蝶の羽は指定した街に一瞬でテレポートできるもので、どれも冒険には必須アイテムだ。
ガチャガチャッ……━━。
「うん、ちゃんとあるよ。」
セレスはポシェットを開けて何度も確認して言った。
腰の左右と後ろに括り付けてあるポシェットはかなりの膨らみを見せてはいるが、これが普通であり何ら問題はない。
「オレも大丈夫だ。」
ポシェットの確認を早々に済ませ、クルスはヘルムをしっかりと頭に被り始めていた。
ナイトになっても使うであろうヘルムは前衛である剣士、ナイトにとっての防具の相棒になる。
背中の傷は恥だが、防具の傷はそれだけのものと闘い、それだけのものを護った証として死ぬまで栄光の証となるからだ。
「よしっ!んじゃ、行こうぜ!」
フェイルが身を反転させ、すぐ後ろにある船着場の船員と話しをつけに歩いた。
「へいらっしゃい!高速快速船にようこそ!ただし安全は別だがなぁー!」
明らかに重装備ではないその船は言われた通りスピードは出るのだが、安全面は考慮されていないらしい。
「4人、バイラン島にお願いします。」
「よし、わかった!すぐに船出すから乗り込んで待ってな!」
無駄に熱いこの人は、ここイズルードからバイラン島、沈没船、港の都市アルベルタへと海を繋ぐ一介の航海士で腕は確かな人だ。
だから安全面のことなど誰も気にはしないというわけだな。

ボオオオオォォォーーーーッ……━━━。
乗り込んですぐに汽笛が出発の合図を告げ、ぐんぐんとスピード上げて海原にその身を浮かせた。
「船旅といっても、この船とこの距離じゃ楽しむ暇もないね。」
セレスは苦笑いと残念さを笑顔に込めながら言った。
この船というのはスピードとその外観、この距離というのはそのスピードに対しての距離の短さ。
「よおおおぉぉーーーし!錨を下ろせー!!」
やがて、というよりかはすぐさま船長の声が甲板を包み込む様に鳴り響いた。
「ホントにはえーなっ!」
まるでワープでもしてるかの様な速さに毎度戸惑ってしまう。
「おじさん、いつもありがとう。」
「立派な騎士になってくれれば、こっちも自慢できるしなー!」
そんな無駄なやり取りを適当に済ませ、早々と船の甲板から島へと飛び降りる。
タッ…━━。
降り立った島は先ほど言ったとおりのバイラン島。
空から見下ろすとドクロの形をしているこの島の中心部には洞窟があり、それが今回の目当て海底洞窟への入り口となる。
「とりあえず地下4Fまで降りるぞ。」
海底洞窟は地下4層とその更に下に存在する海底神殿からなる広大なダンジョンだ。
だが、3層までは決して苦ではなく、属性が水とまとまれられていてオレら4人なら楽勝なレベル。
問題はそれ以降であり、そこが今回の目的地である。

―バイラン島・イズルード海底洞窟―
カツーンッ……カツーンッ……━━。
洞窟は広く、足音が一層全部に響き渡りそうなほどだ。
時折天井から落ちる雫が不気味さと集中力を引き立てる。
とはいえ、一層にはほとんど的はおらず、いたとしても一撃で倒せる雑魚ばかりなので気張る必要もない。
「騎士への転職試験……オレらどんくらいで受かるかなぁー……。」
フェイルの声が一際大きく洞窟内に響き、水滴を頭上から落す。
「合格に必要なのは腕も勿論だが、それより求められるのは弱き者を護るための騎士道とは聞くが……。」
難しい言葉を並べるクルスだが、言いたい事はひとつ。
騎士とは弱き者を護り、悪しき者を倒す為に在り、その為には信念より行動でそれを示す勇気があるかどうか。
「ともかく、アタシたちはその腕も無いんだし、その為にこうやって来てるんだから。」
釘を刺すようにセレスが言うが、反論の余地はなくまさにその通り。
オレらは腕が立つといっても、それは剣士の中であって騎士のレベルには達していないからこうして実践を積んでいるのだ。
「とりあえず、3F手前までハエで飛ぼうぜ。」
あくまで目標は4Fであって、ここではない。
それにここの敵を倒したとしてもそれは自己満足に過ぎず、決してためになるわけじゃない。
「それもそうだな。」
「んじゃ、飛ぶね。」
オレの一言でみんなはハエの羽を取り出し頭上へと投げた。
ィィイイイーーーン……━━。
「それじゃ、また後でな。」
フェイルが呟くと同時に体が重力から脱した様に軽くなり、景色が暗転する。
ヒュッ……━━。
暗転が終わると同時に視界が元の海底洞窟を捉えるが、まだ目的地には程遠い場所に落ちたらしい。
「まー50枚あるし。」
何度もハエの羽を取り出しては宙に投げ、飛びに飛びまくった。
ヒュン……ヒュン……ヒュンッ……━━━。
1層から2層へと繋がる階段、そして2層から3層へと繋がる階段の前まで飛んだ。
ザシュッ……━━。
「もぉ〜……ヒドラ邪魔っ!!」
セレスが鬱陶しそうにヒドラと呼ばれる凶暴化したイソギンチャクを切り払う。
こいつは強くはないが、数が多く囲まれると厄介になる上に外観と攻撃が気持ち悪いことから嫌われている。
「カード高いんだからそんな……。」
ヒドラカードは攻城戦、人型のモンスターにかなり有効なカードでその値段も相当高値になる時もある。
ゆえに、嫌う人も多い中、レア狙いの人には好かれているモンスターでもある。
「バカ言ってないで行こうぜ。」
フェイルがオレらより一歩前に出て地下に続く階段へと足をかけた。
この4人の中の役割は、フェイルがリーダー、クルスが戦闘分析、セレスとオレが切り込み兼様子見係りとなっている。
ジャリッ…━━。
3層は今までとは違い、海水がフロア全体に浸水し、歩けるところはわずかしかない。
「オボンヌ以外無視な。」
大別してモンスターはアクティブとノンアクティブの2種がおり、前者は見るやいなや問答無用で戦闘になり、後者はこちらが仕掛けるまで何もしてこないモンスターのことを指す。
そしてこの3層に出てくるモンスター人魚のオボンヌ以外はノンアクティヴな為、無視がかなりの時間削減になるのだ。
ズルッ…ズルッ…━━。
「言ってるそばから……。」
フェイルが頭を抱えながら見据える先には、噂のオボンヌが2匹こちらに向かって来ているのが見える。
「よくある…よくある…。」
セレスがフェイルの肩をポンポンと叩く中、オレとクルスは背中の鞘からツーハンドソードを取り出して構える。
ちなみに言うまでも無いが、イズルード用にラフウィンドを刀身に溶かしてある風属性のツーハンドソードだ。
ガシャッ…━━。
「クルス、オレが2匹の動きを警戒するから、隙ができたら1匹ずつやってくれ。」
「おう。」
タンッ…━━。
クルスの返事と同時に地面を蹴り出し前方の2匹の間を割って入る。
「ゲッゲッゲゲゲゲエエェェーーーッ!!」
負の瘴気に当てられた人魚は、既にその美しかった面影は無く、ただの怪物と成り下がってしまっている。
左の一匹は無意味にレックスデビーナを詠唱、右の一匹はすかさず尾びれと爪の左右同時攻撃を仕掛けてきた。
「キショいんだよっ……!!」
ガッ……ドゴオオォォッ……━━。
左から来た爪を刀身に引っかからせ、そのまま地面に押し当て封じ、尾びれはのまま左腕と脇の下に抱え込む。
「ふぅ……相変わらずメチャクチャな戦い方だな。」
ため息をつきながらも、真後ろまで迫るクルスの気配に少しの殺気が混じるのがわかった。
ザンッ……ドスッ……━━。
綺麗に尾びれを切り落としてからの胴体への容赦無い突き。
戦闘場面での分析もそうだが、型にはまる的確な攻撃もクルスのひとつの強みだろう。
「おい、フェイルとセレスは後で倍働いて貰うかんね。」
戦闘が終わってからオレらの働きに気づくフェイルは、オレの言葉に反論することなく再びうな垂れた。
「なら、あれでチャラにしようーっと。」
4層へと続く橋の向こうの海から、再びオボンヌが這い上がってくるのが見えた。
どうやらあれを倒すからということなのだろう。
タタタタッ…タッ…タンッ…━━。
最初は距離を積める為だけに、途中からは相手との距離を測りつつタイミングを謀る為に歩調を変えていく。
ヒュオンッ…━━。
出方を見たのか見なかったのか、先に攻撃を仕掛けたのはオボンヌ。
両手の握力を使って勢い良くセレスへとダイブしながらの尾びれでの薙ぎ払い。
「ま、一匹じゃ役不足だけどっ……!!」
ザザアアァァーーッ……ダンッ……━━。
セレスは駆けるのを急停止、更にその場でバク宙で攻撃を避けてなお相手の背後へと回る。
「じゃーこれでオレもチャラ……っで!!」
セレスがツーハンドソードを振り払うが速いか、いつの間にか駆けて回っていたフェイルが縦に一刀両断。
ズバアァァッ……━━。
「アッーーーー!!」
そして真っ二つになるより先に着地を遂げたセレスが絶叫した。
「おーっし、先行こうぜ。」
2人の言い合いは言うまでも無く省こう。
永遠にループしかねないのは、今までで良くわかっただろ。
ジャリッ…━━。
やがて足はひとつの階段の前で自然と止まった。
「んじゃ、こっからが本番だから集中力切らすなよ。」
フェイルの言葉に誰も返事することなく、ただ頷くだけ。
それがこっから本番だという証拠であり、漂う緊張でもある。
「これ飲んで。」
行くのかと思いきや、フェイルが出したのは紅い丸薬のようなもの。
「これは?」
クルスが一飲みする横で、セレスが怪しそうに眺めている。
「何って……この先に行く為に必要なものさ。」
当然、オレは何か知っているから迷わず飲む。
オレに続いてフェイルが飲んでみせると、しぶしぶセレスも飲み込んだ。
タッ…━━。
「さて、行こうか。」




―イズルード海底洞窟4層・海底神殿―
 ゴポッ…ゴポポッ…━━。
まるで深海の更に下、世界の底を歩いている様な感覚を受ける。
喋るたびに吐き出される泡は、どこまで行っても消えることはなく、視界が届かぬ所までいってようやく見え無くなる。
「とりあえず、ここが今日の目的地だ。」
セレスとクルスを入れて来るのは初めての4層。
周りが先ほどの3層までとは違い、古代ここに魚人の王国があったのではないかと噂されている海底神殿の遺跡。
完全に海の底に沈んでおり、さっきまでとは比べ物にならないくらいのモンスターの巣窟と成り果てている。
「というか、何でアタシたち息できてるの?」
セレスが自分たちが海の中に入っている事に仕切りと驚いている。
「さっきの薬だろ?」
鋭い、というか当然の様な答えがクルスの口から吐き出されセレスは掌を叩いた。
「さっきのは“人魚の心”っていってオボンヌの心臓から作られた薬なんだけど、飲むことで一定時間水の中でも呼吸ができるようになるんだよ。」
ここ海底神殿が見つけられた当時は冒険者が生身で来ることなど到底できない環境にあった為、錬金術士ギルドが苦難の末発明した薬がこの“人魚の心”ってわけだ。
「この4層のボス敵半漁人を見つけて倒して帰還ってとこだな。」
半漁人はその名の通り、人間と魚を合体させたもので強さもこの4層ではずば抜けている。
腕に自信の無いもの、ここのザコで手間取る程度の強さのものは遭遇し次第逃げろと言われているほどだ。
恐らくは、かつて此処で栄えた王国の生き残りが凶暴化したものだと思われる。
ザザザアアァァーーッ……━━。
「ホント……数が多いね。」
気づいてみれば、多数の敵がオレたちを取り囲み、今か今かと襲うその時を窺っている。
「マルクにソードフィッシュか。」
タツノオトシゴ、もっと言えば海龍とも呼ばれるマルク、そして超音波を攻撃とする通称“剣魚”のソードフィッシュ。
「相手にとって不足はねぇー……行くぞ!」
オレとセレスがほぼ同時に敵陣へ切り込んだ。


ザシュッ……━━。
海中に斬撃が静かに響き、振動していく。
絶命したソードフィッシュは海流に乗り流され、無音の闇へと姿を消した。
「ヴルルルルーーーっ!!」
しかし何匹倒しても、敵の攻撃が止む事はない。
まるで弓矢の様なスピードでその身体を丸めて飛ばし突っ込んでくるは“海龍”マルク。
「はあああぁぁぁーーっ!!」
ガッ……ッキイイィィーーィィイインッ……━━━。
フェイルの渾身の一撃もその硬い皮膚の前では決定打にはならず、当たった瞬間の衝撃しか伝わらせることができない。
「ヴォオオオオォォォーーーーっ!!」
ツーハンドソードと互角に見えたが、それは油断を生ませ、身軽な身のこなしでその身体を旋回させて背後へと回っていく。
その動きについていけないのか、フェイルは完全に身を翻してはおらず剣だけを必死に裏側に回しているように見える。
「攻撃を仕掛ける時が一番隙だらけなんだってことを……覚えるんだなっ!!」
ドスッ…━━。
クルスの重く、鋭い突きがマルクの唯一の弱点である背を確実にヒットした。
「殺気を込めてるのはこの剣だけじゃないんだなぁー。」
ザンッ……━━。
よろけるマルクにフェイルはそんな一言を浴びせながら、最後の一撃を振り下ろした。
「襲ってくるのもコイツだけじゃないんだなぁー。」
オレはフェイルたちを背にしながら多数の敵を目の前に迎えている。
ダンッ…━━。
硬いマルクを剣で防ぎその刀身を蹴る事で後回しにし、そのまま柔らかいソードフィッシュを近いヤツから順に切り伏せていく。
「クァアアアアァァァーーー!!」
ソードフィッシュの超音波は頭に響き、身体がグラつく。
「くっ……そ……セレス!あまり離れるな……よっ……!」
ブシュッ……━━。
裂いた敵の向こうにセレスを確認して叫ぶ。
「わかってるよ!」
ここイズルード海底神殿はそのモンスターの強さよりも数に圧倒され苦戦する場合がほとんどであり、その為に耐久力より殲滅力がものをいう狩場で知られている。
「ラクー!前からマリンスフィア来てるぞ!」
フェイルの声がモンスターの大群の垣根を掻き分けて耳に届いた。
マリンスフィア通称“イクラ”と呼ばれるこのモンスターは、海中を浮遊する機雷の性質を持ったいわば海中植物のようなもので、衝撃を食らうと一定時間後にスイッチが入るのだ。
「セレス!クルス!」
それの位置を確認した後、すかさず2人にアイコンタクトで指示を送る。
アイコンタクトはオレたちの間では一定の状況では決められた信号となっていた。
「セレス、わかってると思うが、思い切りジャンプすれば海中な分だけかなり高くまで飛べるし落ちるスピードも遅い。」
「おっけーぃ。」
クルスが手短にそれだけを伝えると、いつもはどじっこを披露するセレスも一瞬で理解した。
それだけセレスが戦いにおいて集中力を増す状況にあるということでもある。
「フェイル離れてろ!」
2人の動きがそれに向かっていることを再び確認した直後、例のマリンスフィアを刀身で2人がいる方向に思い切り殴り叩く。
ズドンッ……━━。
野球のボールの様に飛ばされたマリンスフィアに徐々に亀裂が入りながら中心部から光が漏れ始めた。
ブブンッ……ジジッ…━━。
「跳べ!」
光の輝きが頂点に達した瞬間、クルスの合図でセレスと共に高く跳んだ2人の真下にはモンスターの大群、そして向かってくる機雷。
とはいえ、マリンスフィアは残りの耐久力に比例した爆発を見せる為に2人はポシェットから赤ポーションを大量に取り出し飲みまくらなければならない。
ドッ………ッォォォオオオオーーーンッ……━━━。
攻撃するターゲットがどこにいったのかわからず辺りをキョロキョロするモンスターの群れの中心で、マリンスフィアのスイッチが見事入り爆発した。
パラパラッ……ガシャンッ……━━。
「う……ゴホッ……予想いじょ……だな…。」
瓦礫を押しのけて辺りを見回すが、先ほどのモンスターたちは海溝まで吹っ飛んだか、その場で死んだか、キレイさっぱり消えていた。
「ポーショ……つま……た……。」
フェイルは喉を押さえながら大げさにして見せたが、言っていることがたかが知れているのでほっとこう。
「セレスとクルスはーっと……いたいた…おーーーい!」
どうやら多少吹き飛ばされたものの、外傷は赤ポーションで回復できる程度の軽症、2人とも無事らしい。
ザッ……ザッ……ザッ……━━。
『!!』


 駆け寄ってくる2人の足音の他にもうひとつの足音、それに殺気。
「さっきの爆発で炙り出せたかな?」
爬虫類の様なぎょろっとした鋭い眼光、鱗を纏いし身体に三又の槍トライデントを持っている。
その桁外れのパワーから繰り出される槍の一撃は、周りの海水を巻き込んで海流の様な流れまで造るほど。
カランッ…━━。
「回復タイムは……終わりだな。」
さっきまで咽ていたフェイルが空のポーション瓶を投げ捨てて立ち上がった。
さすがにこのレベルの相手では4人が全力を出しても五分の戦いで先が見えないほどで、フェイルを見ればそれも読み取れる。
「いつも通りオレとセレスが牽制、フェイルとクルスで攻撃だからな。」
「うち、左から行くね。」
4人で囲みながらも、半漁人は焦る素振りを見せることなくただ立ち尽くすのみ。
「うおおおおぉぉぉーーーー!!」
その場から一歩のジャンプで距離を詰め、両手で握ったツーハンドソードを左腹目掛けて薙ぎ払う。
次いでオレの攻撃が放たれた瞬間、その時間差を狙った様にセレスが海中ならではの高い跳躍、そしてそのまま胴体目掛けての渾身の一振りを放った。
「ギイイイィィィヤアアアアアァァァァーーー!!」
ヒュオッ……━━。
刹那、何が起きたかわからずに体だけがその事実を鮮明に受け止め、後ろへと吹き飛んだ。
『!?』
半漁人の咆哮、そしてトライデントでの見事なさばき。
その直後の風、いや、海中に風が吹くはずが無い。
「これが噂の突きかっ……!」
異常なまでのパワーが生み出す突きが、辺りの水を巻き込んでそれが海流を生み、攻撃が当たらなくとも流れによる攻撃と一時的な縛りが可能な突き。
「百聞は一見にしかず……よく言ったもんだな。」
クルスが呟き、フェイルがそれに頷く。
しかし何故呟けたか、それはあまりの凄さに2人が動いてなかったからに他ならない。
正確には、動かせて“もらえなかった”からが正しいが。
「それなら……っ!!」
ダンッ…━━。
直感か、それとも考えが沸いたのか、セレスが一番に行動に出た。
「セレスの動きに合わせて援護しろ!」
フェイルが咄嗟に指示を出せば、それに応じてクルスとオレは半漁人の前後に廻って牽制する。
「やああああぁぁぁーーーー!!」
「ギャアアアアァァァーーー!!」
ほぼ同時に繰り出された剣による斬撃、槍による突き。
ゴアアァァーーッ……━━。
さっきまでと違うのは、剣と槍がぶつかったことと、剣による斬撃が本当は刀身による殴打だということ。
衝撃で動きを封じられるならば、こちらも同じ力を当てればいいだけということだ。
「きゃっ……!!」
「今だああああぁぁぁーーー!!」
セレスが吹っ飛ばされたのをお構いなしに体がそう叫ばせた。
ダダダンッ……━━。
一瞬で突きを繰り出すほどの俊敏な動きは今は影を潜め、半漁人はオレたちの攻撃に反応するだけで精一杯に見える。
「フェイル!槍の刃じゃなく穂先から手前だ!ラクは半漁ヤローの動きを牽制しろ!」
戦力差ではこちらに分が無いと判断したのか、クルスは武器破壊の策に出た。
だがそれも冷静な判断ができてこその作戦であり、それがクルスの最も強い武器でもあるのは説明済みだ。
キキンッ……ガンッ…━━。
モンスターといえども動揺があるのか、先ほどの機動力はいつまでたっても回復してないように見える。
「いけるっ……武器はもういい!フェイル!!」
突きを必死で繰り出すも集中力が散漫になったままなのだろう。
雑な乱射になっているのが誰の目からも明らかになってきている。
「わかってる……って……!?」
ドドドンッ……━━。
まさに隙を突かれた。
ヤツは動けなかったんじゃなく、動かなかったんだ。
一人ずつ確実に殺すために、その一撃を放つために。
槍による高速の三連撃のピアース、半漁人の得意とする業で切り札としても有名で知られているはずだった。
だがその考えも、散漫な動きに掻き消された。
《攻撃をするときが一番隙ができる。》
ほんとその通りだ。
「攻撃をすると……ばん……すきが……だよ…っ…!」
「ご苦労さん、フェイル。」
ザンッ…━━。
頭上のフェイルへの三連撃の為に空いた腹への横一閃。
司令塔を失くした下半身は、よたよたとよろめきながら、崖下へと落ちていった。
ドシャアアァァーーッ……━━。
「大丈夫か?」
幸い、剣の刀身で軌道を逸らしたため命の別状は無い。
それでも右肩と右腹に三発中二発入り、戦闘をするには難しい状況だ。
「おい……━━━!!」
遠くからオレたちと同じくらいの年頃の声が2,3聞こえてくる。
慌てようからして、どうやら半漁人があっちでも沸いたらしい。
ジャリッ…━━。
肩の傷口を押さえながら、やっとの思いで立ち上がるフェイルの眼には力が入っていた。
「おいフェイルもしかして……━━。」
「オレらの騎士道はこの先にあるからな。そうだろ?」
クルスの静止を振り切って歩くフェイルに尋ねた。
それがオレとフェイルを繋ぐ答え。
「男の子って無茶が得意だよね。」
セレスが赤ポーションを取り出しながら笑った。
『我らの剣は弱き民を護り、平和と秩序を守る為に。』
━━━━━。



〜あとがき〜
このお話は、前々から書こうと思っていたもののひとつです。
わかる人にはわかると思いますが、フェイルって剣士は第2章にでてきた人造人間セイレンの元になった人間でラクの親友です。
それでこの番外編は、戦闘中の回想シーンみたいなイメージで書きました。
それと他の剣士が活躍しているのは、タイトル通り剣士たちの冒険な為です。
途中グダグダですが、音楽を聴きながら聴くといい感じにマイナスが消えると思います(ぉ。

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