〜Cross each other Destiny〜

交錯する運命

第3章
第50話  【一枚の手紙】

 手紙
それが告げるは、良き出来事。
それが告げるは、悪い出来事。
開かぬも吉、開くも吉、そしてまた、凶となりえる。
開けぬなら、まだ、逃げることは容易。
開けたなら、もう、引き返すことは叶わない。


真実から、逃れる事はできないのだから。


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―フィゲル・ギルドアジト―
 ォォォオオオオオーーーー………━━━━
虫ですら、その美しい鳴き声を奏でるのを辞めてしまう濃い夜。
人々は窓を開け、舞い込む風を眠りながらも肌で感じながら、心地良い睡魔に身を委ねる。

満月だけが、その明るい月明かりを地に落としては夜を彩っていた。



 コンコンッ……━━━
夜の帳を無視するかの如く、扉は間を置かずして叩かれる。
暫くして、建物に明りが点ると同時に小さい影が三つ、扉へと近づいて来た。
どこか身覚えのある風貌と元気さに、扉の前に立つ彼らも自然と笑みが零れていた。
ガチャッ……━━━
「夜遅くまでご苦労さん!」
ほぼ扉が開かれると同時にいの一番にそう言い放ったのは、扉を開けたであろうスティル。
「おかえりなさい、食事とお風呂の用意はできてますよ」
「フィアンムたちは先に戻ってきて寝てるから、静かにね」
続いて言うは、テレーゼとクラウ。
まるで待ち侘びていたかの様なセリフとテンションの上がり具合が、どれだけ待っていたかを予想させた。
「ありがとね、こんなに遅くまで待っててくれて」
そんな子供たちの不満の一つも見当たらない笑顔を見て、ラクたちは心の其処から安堵したに違いない。
低くしゃがみ、フィオナたちは本来寝ているであろう彼らにも労いの言葉を投げかけた。
「あ、後、綱吉さんが待ってますよ」
思い出した様に付け加えた言葉の背後に、申し訳無さそうに当の本人が姿を現した。

「お疲れのところ申し訳ありませんが、急を要する用事なのでこれからお話をさせて頂きたい」

どうやら、ギルドを留守にしている間に訪れたらしく、そのまま帰りを待っていたとの事。
それだけの事となれば止むを得まいということで、ラクたちは疲弊しきった体を引きずりながら、そのまま綱吉の話を聞くことにした。


 コポポッ……カチャ……━━━
暗かったリビングには明りが点り、キッチンからは暖かそうな音が聞こえてくる。
こういう風景は、疲れていようとも客がいれば変わらないのだと改めて実感した。
「悪いが、みんな疲れてるから、だれてるのはカンベンしてくれ」
椅子に座るや否や、疲れていることが先走り、勝手にそのセリフが口から放たれる。
周りのみんなも、最早客が目の前にいるにも関わらず、疲弊しきった面持ち、両腕をテーブルに乗せて体を支える始末。
「構いませんよ。むしろ、待たせていただいたのはこちらですから」
紅茶を飲みながら綱吉の言葉に笑みを浮かべるメンバーの顔には、ラクの言ったとおりの気だるさが滲み出ていた。
それもそのはずで、ラルヒスに王の証を渡してから帰路に立った訳だが、如何せん魔力が枯渇していてポータルを開くのも困難な状況になっていた。
仕方なく、ベインスから転送員によるポータルでラヘルに、ラヘルから飛行船を乗り継いでといった具合に長旅の末、やっとの思いで辿り着いたというわけだ。

ガタ……━━━
空いていた空席が一つ、音を立てて埋まる。
「ルーシー、悪いな。こんな遅くに起こしちまって」
椅子に座るは、寝ていた筈のルーシー。
寝起きにも関わらず、意識、言葉共にハッキリしていることから、そういう現状を知って寝ていたのだろう。
「いんや、重要な事なんは綱吉から聞いてたからな。気にするな」
それでも、眠そうな顔をしながら、苦笑しながら言う。
「それで、急を要する話というのは?」
とりあえず聞かない事には話は始まらないし、進まない。
ラクは諸々の理由も含めて直球で尋ねた。
「話は聞いておりますが、団長から手紙を託っていますので、詳しくはこちらをお読みになってください」
「わざわざ、悪いな」
渡された封筒を開けてみれば、乱雑に綴られた文字が所狭しと並んでいた。
それだけでもどれだけ切迫した常態かが窺えるのに、便箋の所々に不自然な汚れや折れ目がついていることから、団長の今の状況をも想像することができた。

親愛なる騎士ラクティヴへ
突然の手紙で無礼を許してくれ。現在、私は国の監査官たちの監視対象にされている状況にある。どうしてこうなったかは、国防大臣と言えば察しはつくだろう。この手紙を書いている今も、安心できるような状況ではない。長々と話をしたいところだが、要件、というよりはこちらで調査してわかったことだけを箇条書きにして並べてみた。

1) ベインス付近に位置するトール火山で何かしらの不穏な動きがある
2) シュバルツバルド国内に点在する工場にて、大量に武器が受注、生産されている
3) 穏健派の与り知らないところで、過激派が何か企てをしている
4) モンスターたちの動きが、各地で様子がおかしくなっている

まだ不明な点が多いが、トール火山については基地があるのではとの噂もある。武器については戦争に向けての動きだろうが、恐らくは近年その存在感と頭角を現してきたガンスリンガーギルドが関係していると思われる。過激派については、これからも情報収集をしていく段階なのでこれ以上の事は明らかになってはいない。
ともかく、事態が切迫していることだけは確かな事だ。ラクティヴのギルドにも動いてもらいたい所なのだが、確信できる証拠や情報が集まるまで待っていて欲しい。現在、天津の綱吉率いる情報収集部隊と私の信頼できるプロフェッサーたちを集めて解析を行っているところだ。しかし、こちらも一兵を動かす事さえも難しくなっているゆえ、少々時間がかかることだけは承知して欲しい。
これからも定期的に、綱吉をそちらに送る。彼を連絡係りとして大陸の情報を伝え、また私に伝えて欲しい。用件は以上だ。なお、神父様だが、安否は確認されてはいないが恐らく生きているとの情報が入った。心配はいらない。こちらに任せて欲しい。
それでは、最後になったが、君たちの武運を祈る。
                                            プロンテラ騎士団団長ヘルマン


そこに綴られるは、世界が闇へ進み、また、闇がこちらに忍び寄っていることを赤裸々に語っていた。
夜なんかよりとても暗くて重い雰囲気が、綱吉も含め、ラクティヴたちをも包み込んだ。

「ふむ、大体の事情はわかった……それじゃ、こっちが手に入れた情報も団長に伝えてくれ。ルーシー」
静かに、闇を飲み込み一呼吸。ラクティヴはルーシーにその影を渡した。
「ラルヒスに一応伝えてあるらしいな?まぁ、一応綱吉にも全部知っていて欲しい」
ベインスに待機させていた彼にも情報と王の証を与えておいたが、絶対にそれが届くとは言い切れない。
彼もまた、諜報部員であり、そのリスクを背負っている故に危険はいつも身の回りにある。
「名も無き島にてトリスタン3世の死体及びゾンビ化した3世を発見、そして葬送。モロク城を中心に五行封印が張られており、封印が解けるまでまだ半年ほどの猶予がある。この2点を、確実に団長に伝えて欲しい」
「これは推測だが、恐らく王の殺害はラヘル側の仕業じゃなく、アサシンギルドのものだと考えていい……とも付け加えておいてくれ」

全てはまだ闇の中。
蠢く影は、闇の中で自由に這いずり回り、光が退くのを今か今かと待ち侘びているのだろう。

「王が殺害されたとなれば近々4世になる王の選抜が始まると思いますので、その時にまたお力添えをお願いします」

全ては掌の上か、または中か。
恐らくは、次期王の選抜も全て仕組まれているのだろう。

「ああ、綱吉も気をつけて帰れよ」

「ご武運を……」

一言、そう残すと綱吉は闇にその身を消した。


夜はまだ朝には遠く、更にその暗闇を濃くしていく。


「スティルたちも、もう寝ていいぞー」
どこか満足げな面持ちで、3人はやけにおとなしく自分たちの部屋に戻っていく。

3人は話を聞いてはいない。というか、聞かせてはいない。
こんな子供たちに、このろくでもない世界を見せる訳にはいかないし、見せていいわけがない。

「さて、どうしたもんか……」

ヨウブがぽつりと呟く。

「さぁな……」

答えは帰ってきやしない。
誰もが、その答を探しているのだから。

「唯、諦めたら……そこで終わり、なんだろうな……」



程なくしてリビングの部屋は消え、再び静寂が訪れる。
その明りが点いて消えていく様は、希望が生まれ、絶望に変わり、朽ちていくかの様に。


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