〜Cross each other Destiny〜

交錯する運命

第3章
第49話  【封印防衛戦4〜女王〜】

 クイーン
広大な世界、小さな生物。
その常識を覆すものたち。
小さな砂漠、大きな生物。
人が小さき者として見てたそれは、今や人に牙を向く存在。
束ねし者は女傑の王、名をマヤー。
━━━━━━



―モロク西・土の封印石―
 ズンッ…ズンッ…━━
最初は遠かった音も、今では目の前に在った。
この砂漠一帯の地下に生息する色鮮やかな巨大蟻たちの大群。全てが通常の蟻とは比較にならないほどの彼らの最大の武器は、やはり顎についた巨大な鋏だろう。
腕を差し出せば腕が、脚を差し出せば脚が、軽く持っていかれるほどの力と顎。
ザザアアアァァーーーー………━━━


そんな彼らが狙うのは封印石の他にもう一つ在った。
「多いね、さすがに……」
闇夜に浮かび上がる煌びやかな衣装が一際目立つハロルドが一言呟く。
封印石までの距離が僅かだというのに、そこに着くまでの全ての道のりに蟻がいるのだからそれも仕方の無い事かも知れない。
「虫って嫌いなんだよね……」
溜息つきながらも支援を回すヒナの顔には冷や汗が浮かんでいる。
ジャリッ…━━
それを横目にしながら二人のアサシンが一歩前に出た。
「マヤーらしいね」
呟くはリュウ、投げかけられしはクレナイ。
「アイツはオレの獲物だ」
どうにもこうにも、ラクティヴのギルドには強い者を見ると目の色が変わる輩が多いらしい。
その言葉の強さを感じ取ったリュウは苦笑いを浮かべながらも首を縦に振った。
「じゃあ、オレとハロは側近と雑魚を貰うとしようか」
毒づきながらもリュウはクレナイを見送りながらハロルドにそう言った。
「名乗れ、人間共」
緩やかな談笑に、一際強張った声が突き刺さる。
その声の主と方向は見ずともわかった。
「名を聞くなら、まず先に自分が名乗るべきだと思うが?」
臆す事なく返事を切り返すリュウの表情には戦いの火蓋を思わせるものがあった。
「女王たる私の名を、下等たるお前達人間が聞けるとでも思っているのか?」
「王は民があってナンボなんだぜ?」
クレナイはカタールを両腕に出しながら笑った。
「良かろう。では教えてやる。そして跪け……我は蟲を束ねし者にして女王マヤー!」
蟻の女王と言うよりは、獣の女王が相応しいほどおぞましい獲物を両腕に携えマヤーは吼えた。
「オレの名はクレナイだ!覚えなくても良いぜ!どうせすぐにわからなくなるんだからな!」
ダンッ…━━
マヤーの咆哮とほぼ同時にクレナイが動き出し叫んだ。
女王に刃向かいし者が現れたとき、彼らは命令される事無く牙を向く。
戦いの火蓋は今、敵の女王によって切って落された。





ザンッ…━━
敵の雑兵蟻であるアンドレが真っ二つになって地に落ちる。
既に数え切れないほどの兵隊蟻を倒し、その証拠に周りには無数の死骸が転がっている。
「退け、この者たちは我らが相手をする」
一際デカい、というよりは、女王であるマヤーと瓜二つの背格好をしている蟻が目の前に二体現れた。
違うところを言うのであれば、女か男かの違いくらいだろうか。
勿論、能力差はあるが、比べたとしてもその強さは計り知れず、幾多もの冒険者たちがこの蟻に殺されたか分からない。

「我が名はマヤパープル」
「我が女王の命により、お前たちを処刑しに来た」

ヒュンッ…━━
両腕が振られたと思って仰け反ると、腕だったものは鎌に変わっており空気を見事に切り裂いていた。
「女王、女王って……お前たちの意志はないのか?」
ヒュヒュンッ……ヒュカカカッ……━━━
夜の砂漠に風切音が無数に鳴り響く。
それでも両陣にまだ肉切音を響かせる者はおらず、戦いがはじまってから平行線を辿っている。

「美声に酔いなさい」
《メタリックサウンド!!》

ハロルドが呟くと同時に起こした行動は、歌う、唯それだけ。
「女、気でも振れ……っ……?」
残響音による衝撃波、いや、これは違う。
マヤパープルは両の鎌を腕に戻して耳を塞ぎながら悶えた。
「ゴメンね、本当は美声じゃないの」
そう言ったハロルドの顔は無邪気そのものだったが、放たれたものを考えれば邪悪と考えるべきかもしれない。
放たれたそれは高音による超音波の類のもので、広範囲に渡り、それを聞いた敵は耳からダメージを精神的・肉体的どちらとも負う事になる。
「クッ……女ああぁぁーーー!小賢しいぞ!!」
頭が揺れるのを無視し、マヤパープル一体は先にハロルドを倒そうと腕を鎌に変えて振りかぶった。
「汝、邪を隔絶する力を欲する。出ろ!セイフティーウォール!!」
カアアァァーーンッ……━━
今度は金属の甲高い音が鳴り響き、マヤパープルの勘に触れた。
「下等種族がっ……!!」
「余所見してていいの?」
激昂するマヤパープルに対してヒナは軽く言いながら、ハロルドの方を指差して見せた。
「終わりよ!」
ドシュシュシュシュッッ……━━━
音波ではなく、放たれたものは漆黒の空を覆うほどの無数の矢。
「こんなもの防げないとでもっ……!」
当然、無数だろうが何だろうが、そこいらの雑兵でないマヤパープルが裁ききれないわけがない。
だがこれは考えればわかる通り布石。
誰の?もう一体はリュウが相手をしている為、攻撃することができるのはハロルド以外にいるはずがない。
「至近距離で脳天に食らえばどうなる?」
「!?」
マヤーなら、避けながらも敵の気配を全て察知することができるかもしれない。が、今の相手はそれより格下のマヤパープル。
そんな芸当ができないことはないが、できる可能性も血が昇っていては限りなく少ない。

「聖なる光よ、聖なる力になり、我の力になりたまへ!ホーリーライト!!」

背首に乗っかりながら、ヒナは連続してホーリーライトを唱え続けた。
光が散る度にマヤパープルの頭には血が浮かんでいく。
「女、女ってね。アンタたちの親玉も女でしょ?だったら女をなめたらいけないよ?」
ズズウウゥゥーーゥゥウウンッ……━━━
物言わぬマヤパープルに教えを説いたヒナは深呼吸を一つついた。
「さて、仲間の行く末も見れたことだし、こっちも終わりにしようか」
「ハッ……!お前達もろとも殺してくれる!」
マヤパープルが右腕を天を仰ぐようにして上げると地鳴りと隆起が一帯を襲った。
「そんな事をしても……幻を捉えることができるか?」
ヒュッ…━━
瞬間、視界からリュウの姿が消え、否、闇夜に同化して見えなくなった。
「どこだっ……」
本来、蟻は触覚なるもので方向やら何やらを感知するが、マヤーとマヤパープルにおいては発達した眼がある為に触覚としての機能が薄いらしい。
その為、こうして闇夜に紛れたリュウの姿を追うことができずにいるのだ。
「散れ」
闇から飛ばされた殺気、そして気づいたマヤパープル。
「なっ……」
ザザザザザザザンッ……━━
カタールによる高速七連の刺突斬攻撃、懐に無防備の状態で食らえばひとたまりも無い威力だ。
「大丈夫。寂しがることは無い……女王ともすぐ会える」




ガキンッ…━━
高速の刺突攻撃が難なく防がれる事がかれこれ十数回。
クレナイも攻撃は当たってはいないものの、あちらが仕掛けてくる事が少ない為それが当然のこと。

「先ほどの勢いはどうした?」
マヤーは蟲ならではの、数多い手足、そして自慢の鋭い両の鎌で簡単に攻撃をいなしては嘲笑う。
クレナイは強さでは引けは取らないものの、すぐ頭に血が上るのが玉に傷かもしれない。
「覚えなくてもいい名前を、時間をかけるから覚えてしまったではないか。どうしてくれる、クレナイ?」
わざと名前を呼んで笑うマヤーは、子供をあやす様な表情を浮かべている。
「うるせー!」
毒を塗った自慢のカタールも、相手に届かなければただの木の棒となんら変わらない。
ヒュヒュンッ……━━
攻撃が防がれるというよりは、数多い手足が自動的に反応しているそんな感じだ。
反応しているわけではなく、恐らく反射神経で無意識の内に防いでるということ。
「アサシンの毒は怖くて仕方ないが、お前のはそうでもないな」
小ばかにしながら攻撃をいなすマヤーを見てクレナイは激昂しそうな程表情を強張らせていた。
「黙れ蟻女!!」
「思慮に欠けるな。届かないという事がまだわからないのか」
ブラッディティアーズの刃は尽くヤツの手足と相対し受け流される。
「もう飽きたぞ」
言うが早いか、マヤーはヘブンズドライブを唱えた。
ズゴゴゴゴゴッ……ォォォオオオオオオンッ……━━
ヘブンズドライブといっても、マヤパープルの使うそれとは別次元の威力であり、地鳴りもほぼ地割れと同じで、隆起は天を突くほどである。
食らえば致命傷、避けることができても地震で思う様に動く事はできないだろう。
「ちょろちょろと目障りだ!」
ダダダダダッ……━━
ヘブンズドライブを避け、なおかつマヤーの攻撃をも避け、そして攻撃を窺うクレナイには必死の行動であったに違いない。
それでも、振動の影響は大きく、思うような速度で移動できていない事が見てわかる。
「終わりだ!」
ザンッ……━━
両の鎌、戦いを始めてから最大最強の力が込められ振り払われた。
「残念」
「なに!?」
ザシュッ……━━
不意を突いたのか何かわからないが、この戦い始めてクレナイの攻撃がマヤーに炸裂し、右足の1本を落す事に成功した。
「揺れくらいでアサシンがおちおちしてるわけねーだろうが。甘くみんなよ?」
そしてクレナイ曰く、脚を落したのは偶然でもなんでもないらしい。
「気高くて強い女ね……」
マヤーが無意識で手足でガードしているということは、攻撃する箇所に確実に防御の為に手足が差し出されるということ。
故に、攻撃する箇所の攻撃をダミーにしてガードに対する攻撃が予めすることが可能になる。即ち、ガードから破壊するということがクレナイの真意らしい。

「人間だったら、さぞかしモテたろうにな」
「黙れ!」

マヤーは、否、上級モンスターにあるプライドか、マヤーは激昂しラッシュアタックをかけた。
しかし、それでもなおクレナイは余裕の表情をしている。

「そうは言っても、お前はもうオレの毒に侵されている」

シュウウウゥゥゥーーー………━━━
闇夜の所為か、今まで見えなかった霧の様なものが辺り一帯に浮かび上がっていた。
「くっ……何をした……っ……」
もがくマヤーを見てクレナイは笑った。

「オレらは毒を直接注入しなくたって毒を盛る事なんて容易なんだぜ?」

ガシャ…━━
先ほどまで毒の塗られていたカタールを再び見せて言った。
しかしまだそのカタールには毒が塗られているままである。
「ポイズンスモークっつってな、毒を霧状にするんだが、効果が出るまでに時間がかかるもんで逃げ回ってただけだ」
「!!」
今頃気づかされた戦いの立場。
逆転されたと思ったマヤーの脳裏には、濃厚な敗北の文字が浮かび上がっていたに違いない。
なにせ、逆転ではなく、最初からクレナイの掌の上で転がされていたのだから。

「んで、盛った毒はベナムブリードっていう衰弱毒だ。利き始めて来たところを見ると、その内死ぬな」

数ある毒の中から選んだそれは徐々に相手を弱らせる毒。
何故これを選んだかというと、相手に力の差を知らしめる為、そして今まで殺してきた命を重く受け止めさせる為らしく、その為にわざと苦しめる毒を選んだのだという。
ジャリッ…━━
弱りきったマヤーの前に、クレナイの影が堕ちる。
死期、否、殺されると思ったマヤーは目を瞑った。
「惨くて勝手だが、女にトドメはささねぇー」
「なっ……?」
思いがけない行動に呆然とするマヤーは、苦しむ事を忘れて膝とついた。
「もし、生まれ変わって人間にでもなったら、そんときは楽しもうぜ」
武器を仕舞い、背を向けた暗殺者の言葉は温かく、プリーストの背に見えた。
「ふっ……面白い男だな、クレナイ」
ザンッ…━━
戦慄を覚える斬撃音が聞こえたがクレナイは振り向かない。
何故なら、彼女がそうするであろう事は知っていたから。情けをかけられるくらいなら、自ら死を選ぶことを。
それでもトドメを刺さなかったのはやはりクレナイの自分勝手な優しさなのだろうか。

「ち、名前覚えられた」

夜の砂漠に一つの流れ星が落ちた。



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