〜Cross each other Destiny〜

交錯する運命

第3章
第46話  【封印防衛戦2-2〜月の夜に朽ちる花〜】

 花
美しき花とは何か
唯、見た目だけを言うのかもしれない。
だが、美しき花も泥に塗れれば、名も無き花にさえ劣る。

ときには、雨に濡れ、風に曝され、力強く咲いてみせる花の方が輝いて見える。

━━━━━



―モロク東・風の封印石―
 ガキンッ……━━━
激しくぶつかり合う金属音を風が攫う。
攫っては鳴り、攫っては鳴り、時折混ざるは肉が裂け、血が噴き出る音。


「はぁーっ!!」
ブシュッ…━━
まるで見たことのないユーナの気迫がナインテイルの腕を捉えた。
掠めただけとはいえ、戦闘力が上がっている状態での斬撃。
「主から貰ったこの身体に傷を付けた事に後悔しろ!」
どくどくと流れ出る血を舌で舐め上げるや否や、激昂し鐘の付いた棒を音速を超えたスピードで薙ぎ払いまくりだした。
「黙ってろ女狐!……神々の力、聖なる信仰、光の十字架。その身に天罰を刻まん。アドラムス!!」
ドドドドドッ……━━
相手も相手ならルーシーもルーシーといったところで、ありえない詠唱速度でアドラムスを連発して撃ち出し続けている。
威力が高いとはいえ、本来隙ができそうな魔法だが全くそれを感じ取れない。
バシィッ…バシュン……━━
しかし、それでもナインテイルは金属部分の鐘でそれを難なく打ち落としている。
よく見ると叩き落しているわけではなく、鐘に触れることで弾き返していように見える。
「あの鐘ぁ……反射鋼かよ!」
反射鋼は鉱石自体はさほど珍しくないのだが、加工が難しく並のブラックスミスには作品として残せるものはほとんどいないとされている代物で、防具や武器などに使用することによって、魔法を一部反射する効果を発揮する。
「小賢しい……燃えろ、人間!」
アドラムスを弾き、ユーナの剣撃を警戒しながらも右の掌に紅い光球を作り出しそれを撃ち出す。
ボボボボボッーーーー………━━━
手元から放たれたファイアーボールは火花を散らしながら空中を漂い続けている。
「弾けろ!」
怒号がそれに届いたかのように、火の玉は浮遊をやめてその場で光を放ち始めた。
バチッ…バチチッ……━━
徐々に光は強くなり、火の玉に亀裂が入り強烈なものに変わっていく。
「やらせっかよ!……ジュデックス!!」
退魔以外の範囲攻撃であるジュデックスを今にも爆発しそうな火の玉へと衝突させる為に放つ。
カッ……━━
瞬間、その場を隠す様に火の玉と光球はぶつかり合いその場を強い衝撃に包んだ。
「これで終わりよ!」
「眼くらまし如きで!」
ユーナが叫んだ瞬間、ナインテイルは気配を察知したかのように身体を翻し鐘を構えた。
「貴様っ…!!」
「眼くらましだと思ったお前が悪い。」
勝ち誇る顔を浮かべていただろうヤツの顔は一瞬で思ったとおりの表情へと変わった。
振るわれた鐘は空を舞い、虚しい風切音だけを残す。
ヒュッ…━━
刹那、爆風と衝撃の音が澄んだ声に掻き消された。
「無形剣、己の精神を吸いその身を具現化せよ。」
ユーナの持っている剣がいつもとは違い柄部分だけのものに見えたが、眼の錯覚と思わされるほどの刀身が瞬間的に構成されていく。
刀身は細く半透明、だが長さは数十mというおかしいサイズの剣。
「安心しなさい。貴方の主ともすぐに会える。」
オレにも振り払う瞬間は見えた。
だが、見えたときに動いても間に合うことは叶わない。
「……━━。」
ズシャッ…━━
ナインテイルは眼を点にし口を動かすだけで、何も発することなく上半身と下半身が解れ絶命した。
「あらかじめ聞いといて正解だったな。」
ユーナの剣は自己の精神力を吸い刀身の長さを自在に変える事ができる剣である。
放ったムーンスラッシャーと呼ばれる技は速さではなく斬撃と力による衝撃で敵を薙ぎ払うもので本来今みたいな遠距離技ではないのだが、この剣の前ではこの技の距離など無いに等しく、無論放たれることがわかっていなければ避けることは不可能となる。
「妖よ、安らかに眠りなさい。」
ルーシーの言葉に笑いを零しながらも、ユーナは静かに十字架をきった。


 ザンッ…━━
刃物が空気を裂く音が耳を幾度となく劈いて止まない。
しかしそこに刃と呼べるものは無く、在るものは妖とその得物である鐘のみ。
「ハァッ…ハァ……隠しナイフでも持ってんのか……っよ!!」
カートから引き抜いた左腕でいくつものダガーを連続して投げ、右手に握るライトイプシロンで瞬間を狙う。
ヒュオッ…━━。
が、ダガーは九本の尻尾によって軽くあしらわれ砂漠に音も無く墜落し、余裕ある身体で斧の一撃を鐘で受け流し、ウォルヤファは再び間合いを取る。
「口だけか?」
ほんの数秒前まで、距離を取っていたはずのウォルヤファは声に気づいたときには既にそこにはおらず、しかも狂気は全方向から感じさせられている。
ズズズッ……━━
「フフ……わらわに刃向かった事を、一番残酷な方法で後悔させてやろう。」
ォオオンッ………━━━━

音も無く場が暗転した。

「これはっ……オレは夢を……見てるの…っか……?」

そこには既にいるはずの無い人が立っていた。
この世でオレが唯一人認め、愛した女性、そして今はもう居ない存在。


「久しぶりだな、セネル。」


凛とした感じの声に関わらず気丈な男勝りの口調。
そして、かつての自分と同じ鍛冶師の服装にブラックスミスギルドのバッジ。
「そんな……フリールっ…お前な……のか…?」

何年ぶりにその名前を呼んだだろうか。

フリール=セレディアス
オレのブラックスミスの師であり、人生を共に歩もうと決めた人。
セネル=セレディアス、オレと同じ苗字を付けた、いや、付けていた女のブラックスミス。
「何バカなこと言ってんの?ほら、ちゃんと触れるでしょ?これでも夢?」
キレイな金髪の髪の毛が風に揺れ、ブラックスミスとは思えないほど綺麗な肌が身体に触れた。
有幻覚かも知れないと思ったが、脳内の思考が鈍る。

《だけど……フリールは…オレが……。》

ラクと知り合う前の事件が視界を塞ぐ。
瞳は目の前の彼女を映しているはずなのに、フィルムがかかったようにそれを掻き消していく。
「なぁセネル、覚悟はあるか?」
「え?」
数十秒の抱擁を、フリールが破った。
「アタシを殺したアンタは、アタシに償う覚悟はあるのか聞いてんの。」
ドクンッ…━━
思い出したくない過去が鮮明に甦ってきた。
自分が殺したこと、自分が死ねばよかったと後悔したこと、その全てが今起こってる事みたいに感じる。
「……覚悟がある……と言ったら…っ…オレを殺す…のか?」
オレは何を言っている。
コイツは幻覚だ。それなのに何を聞いている。
「プッ……アッハッハッハ……!何言ってるの?殺すわけないじゃん…アハハ……。」
フリールは笑いを堪えていたのか、突然吹き出して大声を出しながら笑い出した。
「冗談……だったのか?」
そう思うとやけにバカらしく思えてきた。
当然だよな、これはウォルヤファが創り出した幻覚なのに真剣になっちゃって。
「ん?冗談?私がか?」
突然、フリーレは笑うのをやめて、我を取り戻したかのように真剣な表情になった。
ああ、コイツはいつも仕事には真面目だったな。
「死を受け入れる事が償いなんて一言も言ってない。」
「じゃー……どうしろって…?」

「アタシと戦って、アタシを殺して。」

その放たれた言葉は、一瞬止まって見えた。
言ったことはわかっていたけど、それを受け止めさせる様にスローモーションに見えた。
「何を……━━。」
「あんな死に方じゃなく、アタシが認めて惚れた男に、真っ向から戦って殺されたなら……。」
切り落とされ、今は義手のその左手にあの時の感覚が甦った。
オレが貰ったフリールが造ったダマスカス。
今も大事にカートにしまってあるが、それを手に取る勇気は無い。
「バカ言って…━━。」
ジャキッ……━━
涙を流しながら、彼女は禍々しい槍を掌に構成した。
「お願い…。」
「やめろフリールっ……!こんなことして何になんだよ……!!」
イプシロンを構えるも反撃が出るはずがない。
ヒュヒュヒュンッ……━━━
高速で突かれた槍は的確に四肢を狙ってきている。
《この動き……ホントに……?》
フリールはブラックスミスでありながら、使う武器はほぼ全種類といった万能型。
槍を持たせれば槍騎士と互角に戦い、弓を持たせればハンターたちと互角に戦った。
ブシュッ……━━

「くっ……!」

右膝に槍の一撃が霞めてバランスを崩した。
次のフリールの攻撃に反応できない。
こっちが攻撃しなければ、確実に殺される。
「お願い……殺して……っ!」
ブシューーーーッ……━━
《フリールに殺されるなら……それも構わない……。》
何が起きたかわからなかった。
自分が殺されたことを覚悟した。
なのに眼と鼻の先に迫った彼女が見せたのは、先ほどの涙とは違う血の涙。
その直後、彼女はオレの斧に裂かれて空中を紙切れの様に舞った。
ドサッ……━━
胴体から噴き出た血が徐々に広がり、綺麗な金髪を赤に染めていく。
「うああああああああああああああぁぁぁぁぁーーーー!!」
悲しむ暇を与えない様に、彼女の身体は眼に見える速さで腐り、骸へと変えた。
「セ……ネル……。」
骸になってなお喋るフリールの声は最早人間の姿をしていたときのそれとは違った人物の声に聞こえた。
だけど、それでも聞かなければならなかった。
「ナタ……が……望んだ……タシとのキオ……ク……を護る……こと……━━。」

あなたが望んだ、アタシとの記憶を護ること。

フリールはそれだけ言い残すと、糸が切れた人形の様にぴくりとも動かなくなった。
「そう……か……。」
この幻覚は、オレの最も望んでやまないことを具現化して、それを壊すことで精神を破壊する攻撃だったのだ。
だけど、この破壊はオレの所為ではない。だから心配しないで。
フリールはそう言いたかったのだ。

「ここから出せよ、クソ女狐。」

ズズズッ…━━
オレの暴言の反応したのか、空間は歪み、再び暗転した。
「テメーだけはっ……許さねぇー……。」
「しぶとい事だ。」

身体が疼く。
アイツを殺せと、魂が叫ぶ。

「うオオオオおおおおおおぉぉぉーーーー!!」

ブラックスミスやホワイトスミスは、自分自身の意思でアドレナリンを体中に開放、浸透させることができる。
それを利用して身体中の運動神経の神経伝達速度を飛躍的に高め、巨大な斧でも軽く振り回せるほどのスピードを生むのだ。
「何をするつもりかわからないが、簡単にさせると思うでないぞ。」
ヤツの鐘が、先ほど見た槍に姿を変えていった。
「逝き狂え、妖怪の槍−ビルトラプター−」
ゴキュッ…バキグチャッ…━━
その言葉が言い終わるのと同じくして、フリーレが持っていた槍と完全に同じになった。
「鳴け!」
「ギィィイイイイヤァァァアアアアアアアアアアーーーーー!!」
まるで生きて思考があるかの様に、ウォルヤファの言葉通りに先端の三椏部分が口の様に避け、叫んだ。
この叫びとさっきの幻覚は恐らくこの槍の効果と見ていいだろう。
音波などを介して脳に直接作用し、幻覚や幻聴を見させる、恐るべき妖怪の槍。
「戦神トールよ、刃に宿されし魂を奮い起たせろ!マキシマイズパワー!」
鍛冶師は武器に宿した魂を扱うことができる唯一つの職であり、それを使い武器を相手の防御力に左右されることなく最大限に引き出せることができ、それがマキシマイズパワーだ。
「ちぃーっと痛いが我慢してくれよ!」
《オーバートラスト!!》
ヒィィイイイーーーン……━━
イプシロンの柄部分に掌を当て集中力を高める。
ブラックスミはこれをすることによって、使用者本人の力をダイレクトに武器に連結・連動することができる。
「少し強いだけで図に乗るな小僧!」
空中にいるはずのウォルヤファは、まるでそこが地面の様に空中を脚で掴み駆けた。
「テメーも……いつまでも避けれると思ってんじゃねーぞ!」

いつもより身体が軽い。
背中から少し力強さと暖かさを感じたが振り向きはしない。

ダダンッ……━━
地面を蹴り、更に空中でカートを足場にして背後を取る。
「フリールはこんなもんじゃねーぞおおおおおぉぉぉーーーーー!!」
ドガアアァァッ……パラパラ……ガシャン…━━
パワースイングしたイプシロンに更に回転させて削岩力を上乗せした一撃を受け流そうとしたウォルヤファは地面に勢いよく叩きつけられた。
「ぐっ……これしきで……っ!」
ウォルヤファは尻尾で衝撃を抑え、受身を取ったのか、恐るべき速さで態勢の立て直しに入っていた。
「おせぇー!」
ザンッ…━━
瞬間、防御に入った九本の尻尾と槍は横から一直線に吹き飛び、ウォルヤファからはうっすらと血の様な筋が入った。
「わらわはっ……何度でも甦る……覚えていろおおおぉぉーーーー……。」
ドヒュンッ……━━
色素が薄くなったように、ウォルヤファの身体から魂が飛び出てどこかへ消え去った。
「ああ、何度でも来い。そんでフリールに逢わせてくれよ。」
先ほどのぬくもりを求めて後ろを振り返った。

「サンキュー……フリール……。」

懐かしい暖かさは、涙に代わった。

それが、悲しみか、切なさかと聞かれれば。

━━━━━。
 

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