〜Cross each other Destiny〜

交錯する運命

第3章
第38話  【蝿の王】

 ヴェルゼブブ。
かつて、天界では最高位の熾天使で、天界の戦争においては、ルシファーの右腕として戦ったという説話が創られた。
また、蝿騎士団という騎士団をつくっており、そこにはアスタロトなど悪魔の名士が参加しているとされる。
彼は大悪魔で魔神の君主、或いは魔界の王子とされ、地獄においてサタンに次いで罪深く、強大なもの。
権力と邪悪さでサタンに次ぐと言われ、実力ではサタンを凌ぐとも言われる魔王である。
━━━━━。

 偉大なる蝿の王と呼ぶに相応しい異形の姿。
蝿の体を持ち、幾重もの手足がその体から飛び出し、各々で動いている。
それはさながら千手観音を彷彿とさせるものがあった。
「ヴェルゼ…ブブ…お前が…。」
プレッシャーは強いが不気味、殺気はそれほど濃くなく強いわけでもない。
「失礼。この姿では話しにくいな。」
ヴェルゼブブはそう言うと、みるみるその姿を変えていく。
ズズズ…グチュ…パキメキ…━━。
それはまるで、蛹から蝶の成虫へと羽化するようが如く。
「ふぅ。待たせてすまない。」
異形の姿から現れたのは、ドラキュラを思わせるかの様な紳士。
王冠を被り、右手には杖、左手には重そうな本を抱えている。
「何をしている?準備はできたのか?」
ヴェルゼブブはオレらを見て不思議そうに言った。
「何だと?」
「私が何の為に此処まで来たと思っている。まさか話し合いに来たとでも思うまい?」
本をパラパラと捲りながら、紅茶でも飲むかの様な雰囲気で喋りたてる。
「戦う準備はできたかと聞いているのだが?返事が無いなら始めても構わないのだな?」
「オレらには貴方と戦う理由が無い。」
実力は底知れないが、遥かに強い事だけはわかる。
避けられる戦いだとは思わないが、それでも一縷の望みにかけたくなる。
「だが私は在る。お前たちが此処へ何故来たか、それが何の為か、最終的な目的は何か全て知っている。」
やっぱりダメか。
さすが魔王と呼ばれるだけの器ではある。
「だがそれでもオレらは逃げようと思う。」
「物分りが悪くて困るな。みすみす逃がすと思うか?」
ヴェルゼブブは、少し怒気を交えて本に何かを書き込んでいる。
ドサッ…━━。
突然後ろで何かが倒れる音がした。
「その娘がアンジェか。」
「なっ…。」
倒れる様を見て卑しい笑みを浮かべる。
まるで命を掌で転がす様なゲームを愉しむ感覚。
「そやつの魂は預かった。返して欲しくば、潔く私と戦うがいい。」
静かにプレッシャーと殺気が増していく。
風船が膨らむ様に、だがそれの限界に際限が無いほど膨張していく風船。
「安心しろ。潔く戦うならばこの本は使うまい。」
ヴェルゼブブはその黒塗りの本をパタンと閉めて笑ってみせる。
本の背表紙に“死神の本”と書いてあるのが見えた。どうやら、名前を書き込む事で対象の魂を奪う事ができるようだ。
「アンタが死んだらアンジェの魂が戻るんだな?」
ヨウブが腕まくりをしながらクレイモアをすっと鞘から抜く。
「その通り。」
透き通るような白い肌、群青を貴重とした冠とマントが怪しく風に靡く。
アンジェの体を安全な場所に寝かせてラグナロクを引き抜く。
「戦う理由はそれだけで十分だ。」
《ツーハンドクイッケン!!》
「それでいい。」
戦いを見るかの様に、周りには無数の骸たちが集まってきている。
「死んであの世で後悔しろ!オレの仲間に手を出した事をな!」
《ラグナロク第二形態解放!!》
ズズズズ…━━。
オレが疾風が如く速さで駆けると、ヴェルゼブブはその姿を5つに増やしていく。
それはまるでドッペルゲンガーと言ってもいいほど似ている。
「多勢に無勢だ。こちらも加勢を呼んだ。ヘルフライ、こいつらを殺せ。」
キィィーーィィイン…━━。
「部下に命令を下す余裕があるのか?」
「それは失礼。全力を持って相手をしよう。」
ラグナロクをその細身のステッキで防ぎながら不適な笑みを零す。
いくら強いからといって、近接戦闘に杖で戦いを挑むのか。
「そんな杖で戦おうってのか?」
二刀の斬撃をその杖で捌く。が、攻撃に転じる事はさすがにできないようだ。
「確かに。この杖、スタッフオブディストラクションは近接には向いていまい。ならば…━━。」
斬りつける事はできないまでも、その凄まじいパワーでラグナロクごと後ろに押し返す。
「━━…絶て。テイルファング。」
見る見るその杖が姿を変えていく。
まるで生きてるかの様に、刀身らしきものが脈を打ち、柄部分が口の様に開く。
「4本存在する魔剣の一太刀、闇牙テイルファングか。」
魔剣とは、魔界の材料で造られた剣の事で、タナトスが使っていたエクスキューショナーを始め、4本の剣が存在している。
その内の一太刀がこのテイルファング。刀身が鈍い紫色の輝きを放ち、柄の尻尾部分には小さな鎌がくっついている。
「神剣と魔剣、どちらが強いか勝負といこうではないか。」
「上等!」
15mほどの間合いを一瞬で詰めリンケを横に薙ぐ。
ヴェルゼブブが後ろに一歩跳ぶのを見計らって、逆手に持つレヒテを地面から振り上げる。
ギャギャギャーーー…ボオオォォーー…━━。
「喰らえ、テイルファング。」
飛んだ高さが低くても高くても、ジャンプはジャンプで一瞬だけ動けない時間ができる。
その隙をついたはずだったが、ヤツの言葉に反応してテイルファングの柄が口の様に開き、マグナムブレイクの炎を喰らった。
「せっかくテイルファングにしてやったのだ。距離を開いて戦う事に意味は無い。」
ヴェルゼブブは遠距離攻撃は無意味だと言い、指をちょいちょいと動かし誘ってくる。
「望みどおりにしてやるっての!」
レヒテを右から振り下ろすと、テイルファングがそれを弾き返し、リンケを左から薙ぎ払うと、柄部分でそれを受け流す。
そんな高速の斬撃が何分も続く。
「ハァッ…!」
リヒテとリンケを防ぐのにテイルファングを右に左へと動かし、空いた胴体に蹴りを食らわす。
伸びきった右足に、後ろに押されながらテイルファングを振り下ろされる。
キィィーン…━━。
後ろに逃げるのは無意味、となれば前に進み、振り下ろされるより先にラグナロクで受け止めるしかない。
「中々の反応速度だな。」
「黙れ!」
受け止めたテイルファングを上に振り払いリンケで真正面に突きを繰り出す。
突きはヤツを捕らえてはおらず、そのまま空を切り裂き停止する。
「こっちだ。」
背後に声と殺気が集中する。
右から風を切る音が聞こえると、そのまましゃがみながら右足で足を払う。ヤツは足をかけられながらもテイルファングを振り下ろす。
「そんな太刀筋でええええ!」
リヒテとリンケの刃に挟まれてテイルファングはその動きを止め、ギシギシと金属音を立てながら均衡を保つ。
「裂けろ、テイルファング。」
ヒュウーーン…ブシュウウゥーー……━━。
どこから、誰から出たものかわからない鮮血が視界を塞ぐ。
「が……ッ!」
捕らえたはずのテイルファングの柄部分が巨大化し、オレの胸にめり込んでいた。
顔を力なく下に見やると、刃が血を吸う様に脈を打っている。
「翼を折られし天馬、牙を失くした百獣の王、神よ、その命を今蘇らせろ!ハイネスヒール!!」
その声を危険と察知したのか、刃は体を気にする事なく勢い良く飛び出す。
再び鮮血が吹き出るが、見る見るその傷口は塞がれていく。
「アークビショップか。」
ハイネスヒールを唱えた術者、フィオナを見据えてヴェルゼブブの眼光が鋭く光る。
「お前の相手はこの…オレだろう…!!」
一歩でも遠くに、その気持ちでラグナロクをヴェルゼブブへ薙ぎ払う。
フィオナには手を出させん。
「妙なカラクリはもう通用しねー。」
「良かろう。第二幕といこうか。」

 ヴェルゼブブの分身4体がゆらゆらと動く。
その動きはヨウブたちを翻弄するかの様に、攻撃を次々と避ける。
「消えろ。」
静かに分身が呟くと、周りに邪悪なオーラが漂い、集束し始める。
どす黒いオーラがバチバチと火花の様な音を漏らす。
《ヘルジャッジメント!!》
「ち…っくしょ…伏せろおおおーーー!!」
「聖なる光、邪を隔絶する聖なる壁を!彼等を護りたまえ。バジリカ!!」
黒い闇の刃が分身の体から放たれる。
バジリカで何とか凌ぎきるも、鉄壁の聖なる壁に皹が入り今にも割れそうな状態になっている。
「オレが一匹ずつ誘導するから、それを一気に叩いて減らしてこうか。」
ロイがバジリカの中で軽く呟く。
簡単に喋るロイの額には、大量の汗が滲み出ているのが誰の目からでも見て取れた。
実際ロイだけではなく、前を動く前衛陣のヨウブたちや、後衛でサポートするセリアたちも魔力をどんどん使い、かなりの疲労が溜まっている様に見える。
「他の考えを出す時間がねーし行くぞ!」
続け様にヴァンパイアギフトを繰り出す分身の攻撃に、びきびきと音を立ててバジリカが崩れ始める。
「リュウ!アッシュ!陽動頼むぜ!」
ヨウブがロイと先陣を切ると叫んだ。
刃物ではないと言え、スタッフオブディストラクションの先端には特殊な宝玉がついており、使用者の魔力を物理攻撃力に変換するという効果を持っている為、かなりの打撃力を持っていると思われる。
「行きますよアッシュ。」
リュウの声と共に、後ろからロイとヨウブを追い抜き分身に攻撃を仕掛ける。
リュウが攻撃を仕掛けると同時に、アッシュの体が闇の沈んでいく。
「ヨウブ!」
リュウとアッシュ、ヨウブが攻撃をしながら敵を片側に寄せていく。
必然的にロイが一体だけ分身をもう反面で持つ形が出来上がっていく。
「我が槍術、その身に刻め!ファントムスラスト!」
ロイの気迫と共に、テュングレティが分身のわき腹を突きぬける。槍の先端が体に引っかかりずるずるとロイに引きずられていく。
「バルジ、ユニー!行きますよ!」
ロイが獲物を捕えたのを確認すると、ウォーロック3人が術詠唱に入る。
ファマスがブラギを奏でるのが合図だったかの様に、ロイが両腕に力を込める。
「うおおああああああーーーー!!」
《ジャイアントグロウス!!》
ギシギシッ……ッガシャンッ……━━。
腕のガントレットが弾け飛ぶほど、両腕に血管が浮き出る程の力が集められ、槍を遠投するようにぐるぐると体を回転させると、後衛陣の真正面に放リ投げた。
「大地の牙、羽ばたく翼、怒れる狂気!神の裁きをその身に刻め!アースストレイン!!」
「天空の覇者、煌く稲光、猛獣の爪、その身を雷獣が支配せん。チェインライトニング!!」
「この世に流れる万物の精霊たちよ、今その力を解放せし時が来た。ソウルエクスパンション!!」
ズズズ…ドガガガガァァーーァァン…━━━。
宙を舞うヴェルゼブブの分身に巨大な岩石の雨が降り注ぎ、降り注ぐ岩を伝う様に稲光が体を貫き、英霊たちがその体を切り刻む。
大気の荒れと、土煙がおさまる頃には分身が絶命し、そのまま灰となって消えた。
「やっとこさ一匹って所か…。」
ロイが両膝を地面に伏して溜息を吐いた。
キンキン…キキィィーィィン…━━。
3人が戦う音が聞こえると、その戦火に再びロイたちは駆けた。
━━━━━。

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