〜Cross each other Destiny〜

交錯する運命

第3章
第37話  【Necromancy】

 死を超越する。
しかしそれは現実には適わぬもの。
生を超えると死、死を超えた先には何も無い、完全の無故に。
だが人は死を超越せんと抗い続ける。
それが愛する恋人の命を救う為か、科学者としての力の為か。
邪が生んだ闇の結晶…。
━━━━━。

 ヒバムはその血肉を腐らせ、一帯の床を己の体で落として消えた。
バンシーの唱えた呪いが厄介な為、次の層へ降りる前に少し休憩してからの移動となった。

「なんだ?この冷気は。」
最下層から流れてくるこの空気は異様に冷たい。
冷たい空気が下に溜まるのは極自然なことだが、ただの冷気ではない悪寒が体を強張らせる。
「行くぞ。」
一歩を踏み出す事が怖いとさえ感じた。しかし歩まなければその正体もわからない。
深淵の闇を降りるかの様に階段を下りる。
「これは…?」
エントランスの様な少し広い部屋。
そこにはスローターと同一と思われる村人の死骸が2体転がっている。
だけどまだ完全にゾンビ化はしていない様に見える。
ズル…ズル…━━。
確かに止まっていた筈の心臓が再び脈を打ち始めた。
「後ろに下がれ!」
ガアアァァーン…━━。
突如頭上から稲光が走る。
「闇の鼓動、死の息吹、反転滅絶。ネクロマンシー!!」
暗がりの向こうからその声が轟くと、2体の死骸が立ち上がる。
それは今まで倒してきたスローターと寸分の狂いもないゾンビ誕生の瞬間。
「ネクロマンサーか!」
野牛と思われる頭蓋を面深く被り、血痕が所々付着した茶色いローブに身を包む。
右手には人間のドクロが付いている杖、左手には人骨が3個ぶら下がっている。
「如何にも、私はネクロマンサー。死者の迷宮へようこそ。」
スローターの周りを生前人であったであろう魂がぐるぐると回っている。
ヒバムは一人で此処までしたのではないとこの時わかった。
自分がそうだった様に、それと心を同じにする者、つまりネクロマンサーを使ってここまで…。
「お前がゾンビを造っている張本人だな?」
ロイがジャキっと槍を構えて一歩前に出る。
「この2体は…な。」
ふっと笑みを零すその言葉には余裕が見える。
「ネクロマンサーは私だけではないという事だ。」
その言葉を喋る際に素顔が骸の中から少し覗いた。
ゾッとした。
これが人間か?
「お前も…ネクロマンシーか。」
聞いたことがある。
ネクロマンサーと呼ばれる彼らは死霊魔術師であり、死者を蘇らせゾンビやスケルトンを造り出すと。
そしてあまつさえ自分さえをもネクロマンシーの術で不死の肉体を手に入れる者もいるという。
「貴方たちも仲間に入れてあげよう。」
ドクロの杖を両の手に構えると、スローター2体がそれに反応して動き出す。
「灼熱の炎でその身を焦がし、巨大な体躯でこの地を揺るがさん。クリムゾンロック!!」
バルジが唱えると、スローターが隕石に無残に潰されていく。
「お前をあいつらと同じ仲間にしてやるよ!ターンアンデッド!!」
唱えられた魔法がネクロマンサーの手前でかき消えるのが見えた。
「かような小さき力では、私にそのような魔法は通らんぞ。それと…━━。」
ズズズ…ズル…━━。
「━━…死なないから不死と言うのだ。」
先程まで倒れ瞑れていたスローターが遅いながらも立ち上がっていく。
どうやら完全に消滅させないと復活する仕組みらしい。
「トリスタン3世はどこだ。」
「聞きたいか?」
「言わないと脳天をぶちまける。」
アズサが銀色に輝く羽を模した弓、イクシオンの羽を構える。
「このフロアの一番奥の牢屋だ。」
その言葉の圧で、アズサの殺気と強さを感じ取ったのか、ネクロマンシーはあっさりとその口を動かした。
「そうも簡単に喋るとは何かあるのか?」
ファマスが天津に伝わる琵琶と呼ばれる弦楽器の弦をギャイーンと弾く。
「知った所で辿り付けるかは別の話だ!」
ズゴゴゴゴ…━━。
ネクロマンサーを後ろから照らす様に隕石が落ちてくる。
「んな!メテオストームかよ!!」
ヨウブが慌てて近くで呆然としているセリアを抱えてその場から逃げる。
「お前等に万が一にも勝機は無い。このフロアには約60ものネクロマンサーが犇いているのだからな!」
同時に後ろから2体のネクロマンサーがスローターを引き連れてやってくるのが見えた。
不死の耐久性の低さに安心していたが、不死の数がそれを上回っている。
「お前たちの体をよこすがいい!!」
「断るぜ!」
鞘からラグナロクを抜き取り駆けた。

 どれほどの死体を掻い潜っただろう。
幸いこの件の張本人であるヒバムよりかは、ネクロマンサーの力が劣っていたおかげで難なく先に進んでいる。
「っと、ここが牢屋のある通路だな?」
細い階段を下りると、そこには無数の牢屋が連なる一本の廊下。
ここの一番奥にトリスタン3世がいるらしい。
「どけえええ!!」
キィィーン…━━。
茶色いローブと剣が交わったにしては、やけに高い金属音が響く。
「硬化か…っよ!っと…ユニー!!」
「大気中に散りし水の精霊たちよ、我に仇なす者に水の狂気を。フロストミスティ!!」
ヒュウウーー…バキバキ…ミキ…━━。
通路と共に、フロストミスティがネクロマンサーを凍り付けにしていく。
「バルジ!」
「荒れ狂う風、乱れる稲妻、支配を解き放て!ロード・オブ・ヴァーミリオン!!」
続けざまにバルジが嵐を召喚する。
「大地を支えし地の精霊、汝に牙を向く愚者に大地の怒りを。ヘブンズドライブ!!」
硬化して物理攻撃を受け付けないその体を凍りづけにし、稲妻と嵐で切り刻み、大地の鉄槌で粉々に砕く。
勿論みんなはその範囲内からは全速力で逃げる。

「あそこが一番奥だな。」
完全消滅が不死には最大の防御であり攻撃。
その為か少し時間を食ったため、急ぎ足で牢屋に駆け込む。
「王!?」
そこには変わり果てたトリスタン3世の姿があった。
在ったと言うよりは、放置されていた、のが正しいかもしれない。
「待て。一応脈を確認する。」
4畳ほどしかない狭い部屋には小さなベッド、机と椅子、それだけが備え付けられていた。
そしてそのベッドの上に、横たわる様にして王がうつ伏せに倒れている。
ピクッ…━━。
「ラク、今動いたぞ。」
確かに指が微かに動いたのを確認できた。
ベッドのシーツを握り締めるように、手繰り寄せる様に徐々に指、手が動いていく。
「王、ご無事で…━━。」
「ヴォオオオオオオーーーーー!!」
腕が動いた瞬間、それが感じて取れた。
「王の死体…か。」
起き上がった王の顔は、やせ細り、頬はこけ、肉は腐っている。
しかしボロボロになった赤いマント、この劣悪な環境の中でも錆びずに輝きを放つ王の冠、それがトリスタン3世である事の確固たる証拠。
「オレにやらせてくれ。」
自然と迷いは無かった。
純粋な迷いは…。
「正義でも悪でもなく、一人の騎士として貴方を殺します。」
自分が英雄の息子であり、騎士団の隊長である為か、王とは何度も謁見をした事がある。
王と言えば、独裁者を思い出す者も多いだろうが、トリスタン3世は気さくな人で知られていた。
「お覚悟はよろしいか。」
もう届いてないであろうと思っていても、つい語りかけてしまう。
王はどこからか大振りな鎌を取り出すと、一歩ずつ進んできた。
「部屋の外に出ててくれ。」
半ば強引にみんなを牢屋の中から追い出した。
王を殺すのを見られたくないわけじゃない。ただそれがこの国の未来を案じているようで見せたくは無かっただけだ。
「Thousand Breave’sのマスター、ラクティヴ。行きます!」
狭い牢屋の中で、その足を前に進める。
王はその体を軽くしならせ、その場で回転するとラグナロクの一撃を避けた。
生前の王からは考えられない鋭敏な動き。
ブシュ…━━。
「くっ…!」
死体である王が生前の様に浮かび上がる。
その一瞬を鎌が腕をかすめる。
「ミッドガルド王国は…っ…みんなはっ…私が護るっ…!」
横に薙ぎ払われた鎌の一撃を後ろに跳ぶ事で避け、後ろの壁を使い天上に脚をかけて踏み込む。
「うあああああああああ!!」
ザンッ…━━。
王の首が牢屋の狭い部屋を飛ぶと、壁にぶつかり人形の様に転げ落ちた。
ネクロマンシーをこれほど憎く思ったことは無い。
「フィオナ。滅してくれ。」
ガチャ…ギィ…━━。
静かに呟くと、フィオナが牢屋の扉を開けて入ってくる。
「王よ、安らかにお眠り下さい。」
フィオナの慈愛の言葉の直後に、王の亡骸は燃える様にして消えた。
ジュウウウゥゥーー……━━━。
「ラク…これ…。」
フィオナが王が倒れていた場所から何かを取り出して見せた。
「王の証か…。」
金のネックレスには、プロンテラ国王の押印が刻まれたブローチが備え付けられている。
プロンテラ現国王だけが持つ事を許された王の証であり、プロンテラ王国王家の宝でもある。
「…戻ろう。」
皆を集めて、帰ろうとしたときだった。
ヴブブブ…━━。
どこからか何かの羽音が聞こえてくる。
「フィオナ!ポータルを出せ!」
まさかこのタイミングでアイツが。
王の死で冷めていた体が急速に熱を取り戻す。
「どうしたフィオナ!?」
「ポータルがいくらやっても出ないの!」
唱えるどころか、ブルージェムストーンが壊れることさえしない。
ヴブブブ…ブブ…━━。
こうなると、蝶の羽も使えないだろう。
頼みの綱はハエの羽でフロアごとに逃げるしかないか。
「ロイ!」
「わかってるって。」
そう言うとロイはペコペコの羽の裏から巨大なハエの羽を取り出して掲げた。
ヒュン…━━。
「何をしておる人間。」
何度飛んでも声だけが響く。
そこには誰も居ないのに、恐怖だけが色濃くなっていく。

ザッッ…━━。
持てるハエの羽を全部使い切ったところで、修道院の外に出ることができた。
「此処まで来ればポータルも…━━。」
「無駄だ。」
ヴブブブ…ブブブ…━━。
「我が名はヴェルゼブブ。偉大なる蝿の王。」
修道院の入り口から声が聞こえた。
━━━━━。

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