〜Cross each other Destiny〜

交錯する運命

第3章
第36話  【Hate the Fate】

 人間の世界。
正義と悪。
白と黒。
この世はそう言った人の客観的な思い込みと刷り込みで周っている。
だが、人は些細な事でそれを見失い、個を失い、魂を売る。
正義は悪であり、悪は正義。
白は黒であり、黒は白。

一人の男の物語
━━━━━。

―数年ほど前のラヘル―
 私の名前はルシファー。
信心深いこの国なら、私の名前を蔑む者もいるだろう。
だがそれが苦ではなかった。
何故なら、神を敬い、崇拝する事で、人は救われるから。
「ルシファー神官。いつも熱心な礼拝ご苦労様です。」
笑って声をかけてくれたのは、老人の大神官だった。
礼を言われる為にしているのではないが、何故かそれがやたらと心地よかったのを覚えている。
「ルシファー神官、貴方は邪神を崇拝する宗教の事をご存知ですか?」
当時からもというか、当たり前に神と敵対する邪神を崇拝する教えは在った。
ただその時の私には、それがただの馬鹿げた行為、神を愚劣する行為にしか思えず、邪神と聞いただけで反吐が出そうになるほどだった。
「道を外れた者の結末でしょう。」
そう言って私はその話を終わらせる事が多かった。
それを他の神官、大神官たちはどんな目で見ていたのかはわからない。
ただ、暫くしてからその真意が少しずつ明らかになる。
その時は歯牙にもかけなかったのに。

その日もいつもと同じく、宿直の様な不寝番の仕事をこなしながら、夜の礼拝堂で神に祈りを捧げていた。
崇高なるフレイヤ神は、私にとって、この大神殿、いや、アルナベルツ国民にとっては絶対の正義。
私もそう信じてやまなかった。
「主よ、人道を外した者達に救済を…。」
口ではああは言っていたものの、同じ人として放ってはおけない心境もあった。
フレイヤ神に仕えれば、悪の魂を浄化し、正義になれると教えを問うた事もある。
スタスタ…━━。
突然聞こえてきた足音。
不寝番は基本は一人で行われる為、その時の夜の神殿には不寝番である私以外いるはずがない。
「誰ですか?」
此処は神聖なるフレイヤ大神殿。
何があっても神官の私には、悪は手出しできない。
物音のする方へ躊躇する事なく足を進める。
「―――!!」
ゴッ…━━。
言い争う声と、その直後に鳴り響くひどく鈍い打撃音。
階上から聞こえてきたのは明らか。
「上には“開かずの間”しかないはずだが?」
少しずつ、一歩ずつ階段を上がる。
それが自分の人生を変えるとも知らずに。
「……ッ!!?」
絶句した。
階段を上り、奥の鉄格子の部屋まで行くと、そこには大量の血痕、そして一人の死体。
それがどんな事かはわからなかったが、明らかに殺人の域だという事だけはわかった。
「誰が…こん…な事…を…っ…!!」
神殿内の武装は許された領域を超えた罪であり、殺生は神の教えに背く非人道的、悪の所業。
カタ…━━。
「誰だ…ッ…ぐ…ッハ……━━。」
音に気づき振り返ると、確かに大神官の法衣が目に入った。
だがその暗がりでは、近づかないと顔までは確認できない。
しかし足を進める前に何かが頭に激痛を走らせる。
「━━…く…っそ……。」
自分は死ぬ。そう確信した。
しかし死ぬ事にためらいも未練も無かった。

そう 死ぬ事には…。

目が覚めると、後頭部の傷の痛みは消えていた。
周りを見回すと、そこには血まみれの鈍器、血まみれの床、そして血を吸うように鈍く銀色を発する鍵。
「これ…は…?」
突然廊下の方から声がした。
振り返るとそこにはいつも声をかけてくれる老人の大神官が立っていた。
「大神官…!!これは昨日夜中未明に…ッ…━━。」
「お前が…お前が…犯人だったのか…!!」
突然大神官は激昂して叫んだ。
自分がこれをやったと思われているのだと、頭の中で危険信号が発せられた。
「違います…ッ私は不寝番をしていて…それで物音が聞こえたから…!!」
「お前が“聖域”でしたことは許される事ではないぞ!!」
“聖域”?何の事だ?
そう思いもしたが、それどころではない。
「なっ…!?お待ちください大神官…!私は何も…!」
「黙れ黙れ黙れ!人の道を踏み外したのはお前の方だ悪魔め!!」
オレは為す術もなく、待ち構えていた衛兵に連れて行かれた。
自分は無実、それだけは自分でもわかった。
暫くすれば、冤罪だとわかってくれるはずだと牢屋の中で待った。

「ルシファー神官、貴方を流罪に処す。」
突き付けられた結果はあまりにも不当なものであった。
指紋は私のしか検出されなかったと、大神官が言うと、周りの人たちも溜息を漏らす。
反論はした。だが、それを証言する者が誰一人としていなかった為、刑を免れる事はできなかった。
「力になれなくてすまない…。」
そう口を動かした若い大神官がいた。
名をジェド=ベケント。
他の大神官たちとはあまり折り合いが良くないが、とても国民たちにはその信望はあつい。
だがその言葉も私には哀れな者への慰めにしか聞こえなかった。

流罪当日、峡谷都市ベインスの沖に小船を用意された。
こそこそと話す大神官たちは、あの老人の大神官たちと良く話しをしていた者ばかりだった。
「ありがとうルシファー。これで我らへの警戒は軽くなる。」
その言葉は、卑しく曲がった口から放たれた。
「だが、その名に恥じぬ称号を手に入れる事ができたのだから光栄だろう?」
にやにやと笑い出す大神官たち。
突然の事に、私はその言葉を理解するまでに時間がかかった。
「去らば悪魔よ。」
大神官たちの高笑いで、私は故郷であるアルナベルツを追放された。
そして名も無き島に流れ着いた。
「…。」
島につくまでの間にわかった。
この世の正義は、白でもあり黒でも在るのだと。
━━━━━。

 ヒバムは肩を小刻みに震わせている。
過去への怒りか、それとも大神官たちへの憎悪か。
「この世に正義など無い。在るのは悪の正義、ただ一つ。」
確信じみたようにはっきりとした口調で声を張り上げる。
ヒバムの心は、完全に黒に染まってしまっているのだろう。
信じていた神に見放され、それでも尚神を求めた。
その先にいた神が邪神と知っていたのか、それとも知らずに縋りついたのかはわからない。
「それでどうした?」
ヨウブが静かに立ち上がる。
「お前が見たものが世界の全てか?」
オーラブレイドで光を放つクレイモアが、その光を更に強く輝かせていく。
「人の黒の部分を見た事が無い若造が大口を叩くな。」
「人の全てを見たことがあるのかと聞いてんだ!!」
ドンッ…━━。
その気迫に呼応するかの様に、クレイモアが爆発音を立てて光上がる。
オーラブレイドとはまた違う光、エンチャントブレイドの光がオーラブレイドの上から重なる。
「ジジイが全てを知った風に気取るんじゃねええええええーーー!!」
エンチャントブレイドは、オーラブレイドとは逆、物理攻撃力を上乗せするのではなく、己の精神力、言うなれば魔法攻撃力をも剣に送り込み更に攻撃力を高めるルーンナイトの高等戦術である。
「ぐうううーーーっ…小僧めがああああーーー!!」
無意識状態にあるのか、いつの間にかエンチャントブレイドをも使いこなし、そのまま俊足で背後に回り靄を切り払う。
予想以上に体に負荷がかかったのか、ヨウブはヒバムの裏で倒れこむ。
ヒュン…キィィーン…━━。
「おっと…お前の相手はオレだって事を忘れんじゃねーよ。」
「死ぬ順番が変わっただけの事!」
「ヨウブ、お前は後ろに戻って休んでろ。」
ギシギシとハンティングスピアとラグナロクが均衡を保つ中、ヨウブは頷いてその場を去った。
足手まといになると、そう自分で判断しての事だろう。
「さて…オレはオレの正義を貫かせてもらう。」
床に落ちるレヒテの所まで移動して両の手にラグナロクを構える。
「戯言だという事を教えてやろう…。」

 バンシーの悲鳴が、その場の全員を包み込む。
同時にそれが呪いの始まりを示す。
「フィオナ、ヒール頼む。」
ロイがバンシーを相手にしながら喋る。
その声に反応して、ロイの後方にサンクチュアリを唱えるが何かがおかしい。
「力が弱い…?」
フィオナが首をかしげながらもう一度サンクチュアリを唱える。が、いつもよりその聖域の放つ光は弱く、神聖な力をあまり感じ取る事ができない。
「ソレガサッキノ子タチの呪イヨ!!」
「この世の万物を支配せし数多の精霊達よ、我に仇なす者から力を奪いたまえ。ホワイトインプリズン!!」
バンシーが叫ぶと同時に、エミリオの声が木霊した。
するすると硝子の壁に閉じ込められるバンシーたちが、檻から出たがる囚人の様に壁を叩きつける。
「主が死ぬまで少し大人しくしてもらいましょうか。」
エミリオはふぅっと溜息をつくと、いつもと同じ笑顔を浮かべてバンシーたちを一瞥した。
その笑みはまるで氷を思い浮かばせるような、攻撃的な視線。
「ま、呪いが切れるまで大人しくしてるか…。」
ロイがペコペコから降りて休ませる素振りを見せると、ペコペコはロイを翼で叩きながら喜んで見せる。
「そろそろ終わりそうですがね。」
バルジが戦いの熱気が覚めやらぬ方をじっと見つめて呟いた。

《イービルランド!!》
バンシーのそれとは比べ物にならないほどの狂気がその黒い霧に混ざっている様だ。
「他のイービルランドと比べるなよ。そこらのものとは別次元の威力だ。」
立っているだけでも疲労が蓄積される様な感覚。
ちんたらしてると何もしないまま負けるか。
「片腕を失くしたのに強気だ…っな!!」
呼吸を合わせて軽くステップをかける。
「伊達に歳は重ねてはいまい…!」
ガキィィーン…━━。
ヒバムは右腕で横に構えたハンティングスピアで、両のラグナロクを止めて立ち止まる。
片腕だと言うのにこの力、それだけ闇が濃いという事か。
「そら!」
ハンティングスピアを片手で回転させ始める。
接していたラグナロクから徐々にその力が伝わってくると、勢いあまってそのまま後ろに吹き飛ばされる。
「んなろおおおおーーー!」
空中で反転して壁を蹴って再びヒバムへ跳ぶ。
「これで終わりだ!」
リヒテを縦に振り下ろし、次いでリンケをリヒテを押す様に横に薙ぎ払う。
「まだ…終わりは…せんっ…!」
ヒバムは槍の狭く小さい刃先の一点でクロスしたラグナロクを受け止めている。
ヒュン…━━。
「こっちだぜオッサン。」
「なっ…!」
ヒバムの前にはリヒテだけがまだ衝撃を帯びて残っている。
リンケで押した分の前へ進む力がまだ消える前に、振り下ろした反動でヒバムの頭上をバク宙して背後に回る。
ザシュ…━━。
「悪いな。アンタの正義より、オレはオレの正義を全うするだけだ。」
ヒバムの首が血を滴らせながら宙を舞う。
「私を退けた…事は褒め…て…る…だが…それ…で…も……黒は世界を侵食…して…る…だ……━━。」
首と胴体が離れて尚、喋り続けたのはイービルランドの範囲内だからか。
それともただの執念か。
「本人が死んでもイービルランドの効果が強すぎるのか…。」
体を徐々に侵食する苦痛が、ヒバムが犯したその領域からのものだとわかる。
「安らかに眠れ。」
静かに胸で十字架をきる。

人の黒い部分しか見れなかった哀れな男。
白い部分を見ることができたなら、もっと違う道が待っていたかも知れないのに。
━━━━。

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