〜Cross each other Destiny〜

交錯する運命

第3章
第33話  【黒の修道院】

 名も無き島。
それは、雄大な自然と蒼穹の海に囲まれた綺麗な島として、徐々に人々を集め始めた小さな島。
しかしいつからか、その島は夜になると黒く厚い雲に覆われ、その姿を人の目から消すようになった。
そして夜、その島を徘徊するは死を超越せし人の姿をした異形の生物。
名も無き島の“修道院”の謎が今、人々の前に暴かれようとしている。
━━━━━。

 家を一歩出たところでも恐怖を感じる。
本当にここが人間の住む世界かを疑わせる光景が、みんなを心の深い所から蝕んでいく。

 「相手にするな!道を塞ぐヤツだけ切り伏せて突っ走れ!いいな!」
その家から修道院が一望でき、進むべき道は自然とわかる。
だけど、そいつらは簡単には通してくれないらしい。
「グルルルル……━━。」
後ろから聞こえるその声は確かに犬のそれだったが、振り返っていたのは、腐った肉を纏ったプードルのゾンビ。
ヘルプードル、その犬の周りには確かにそれに在るべき魂が息を巻いて飛び交っている。
「動物を殺すのは嫌いだがそうもいかねーわな。」
生前の姿を思い返すと胸が痛くなるが、深淵の殺意には情も通じない。
アッシュは飛び掛るヘルプードルにダマスカスを投げると、もう片方で頭上から一撃を食らわす。
「これが一番手っ取り早い方法だろ?」
不死の生き物は命亡き亡者故、心臓部分を狙っても効果が薄い。
その為活動命令を発する頭蓋を粉砕するのが一番手っ取り早いとそう認識する。
「でもまー、これだけの数をいちいち相手してられないでしょうけど。」
セリアが苦笑と共に吐いた台詞に、皆が周りを見回す。
こっちには気づいていないモノが多いが、その数はゆうに百は超えているであろう亡者の群れ。
「なるべく前衛が敵を倒すが、いつでも詠唱できるようにはしておけよ。」
ロイがペコペコで先頭を駆けながら、風に乗せて呟く。
「まぁ、もう修道院には着くからその心配も無いね。」
ティーズを旋回させ、ラルフに跨りながらアズサが軽く言うと、目の前に修道院の門が見えてくる。
「数匹いるからマグヌスで蹴散らせ。」
《ブラギの詩!!》
オレが言い終わるとほぼ同時にファマスが演奏を始める。
島に似つかわしくない演奏がその場に流れると、直後にフィオナとアーウィンが詠唱の構えに入る。
『神よ、我らに仇名す悪に裁きを。邪を滅する力を!マグヌスエクソシズム!!』
オオオオォォォーー……━━━。
修道院前に溜まっていた亡者たちは、マグヌスを食らってからオレたちの存在に気づくが、時既に遅し。
魂亡き骸たちは聖なる魔法陣から一歩も出ることなく、その姿を灰にして消えた。
「相変わらず良質のブラギ助かりますわー。」
アーウィンが演奏を止めたファマスに礼と共に微笑を投げる。
ブラギの詩は、使用者の能力によって効果が左右するスキルである為、その効果だけで誰がどの程度の能力を持っているかがわかるのだ。
その点から言うと、ファマスはかなりの実力者である事が窺える。
「と、この扉の奥からすげーたくさんの気配あるな。」
ヨウブが修道院前に来ると、瞬時に中の状況を察知する。とは言っても、多分誰でもわかるほどの気配だろう。
かなりの足音、それに殺気が扉一枚の向こう側から、ひしひしと伝わってくる。
「このデカさだと内部もかなりの広さが予想されるが、王とルシファーを確認する為に虱潰しで探すぞ。」
外観だけでもその大きさはかなりのもの、さらに内部はまだ未発掘の洞窟のようなものの為、地上だけでなく地下にもそれが広がっていてもおかしい話ではない。
「相手を倒しても、肉体が無くなるまで気ぃ抜くなよ。」
ふと思いついたかのように、皆に注意を促す、
少し緊張しているのか、オレの声が微かに震えているのが自分で気づいた。
「開けるぜ。」
メキ…ミシ…バキィ…━━。
ロイは言うと同時に、テュングレティを扉に突き立て、奥にいるであろうモンスターたちを牽制した。
「これは立派な建物ですねー。」
リュウがいち早く扉を掻い潜ると感嘆の声を漏らした。
オレらを出迎えたのは、教会の礼拝堂のを思わせる様な広間。
「モンスターがいなければ…ですね…。」
セリアが言うと、一同が息をそろえて頷いた。
内装は凝った造りになっていて、壁画やシャンデリアも天使などを模した綺麗な装い。
しかしそれを否定するかの様に、院内を闊歩する不死の生物達。
「さっさと済ませちゃいましょうかー。」
ユニーが目の前に現れたモンスターたちを、鋭い眼光で睨みつけながら呟く。
穏やかな表情からは探る事のできないその殺気は、熟練された冒険者そのもの。
「ま、ぐだってても進まないから、ユニーの言う通りさっさと行くぜ。」
オレは会話は一旦遮断して空気を変える。
それが戦闘に望む空気であり、最大の注意にもなるからだ。
「行くぞ。気ぃ抜くなよ!」
オレの掛け声と同時に、院内を一斉に駆け出した。
━━━━━。

 ―院内一層を中腹―
 グショ…━━。
鈍い斬撃音が耳障りなほど繰り返される。
「まだまだああぁぁー!!」
キィキィーィィン…━━。
ヨウブが飛ばされる鋭い骨を受け流しながら距離を詰める。
相手はラキッドゾンビと呼ばれる不死種族のモンスターであり、生前はこの島の農民であろうと思われる衣服を身に纏っている。
「はっ…!」
両手両脚を切り落として、そのまま後ろに蹴り倒す。
「主よ、汝に仇名す哀れな者に制裁を。レックスエーテルナ!!」
「その身を黒く焦して灰と化せ。ファイアーボルト!!」
ズドドドド…━━。
倒れ込むラキッドゾンビに連続して火球が降り注ぐ。
「さすが最強の魔術師…エーテルナ有とはいえボルトでこの威力…。」
「いえいえ、私もまだまだなので、その肩書きは不本意ですよ。」
バルジの言葉にエミリオが苦笑しながら返事を返した。
「にしても、どうやらこの建物は地下へ地下へと伸びてるらしいですね。」
アンジェがふと呟く。
確かにアンジェが言うとおり、さっきから下へ下へ進む道しか見つからないし、進んでない。
「まぁ、道に迷うよりかはマシなんじゃない?」
ティーズとラルフに器用に命令を下しながら自分からも攻撃を繰り出すアズサが軽く喋る。
「まぁな。」
予想はしていたが、これで王の居るべき場所は地下のみとなった。
後は下を目指すだけ。
「ダレダオマエタチハ。」
ゆらゆらとその体を漂わせて現れたのは少女と思われる霊魂。
だが眼光は鋭く、瞳が真っ赤に染まっていて、人が出せるレベルじゃない殺気を発している。
「モンスターなんぞに名乗るほどのモンじゃねーよ。」
「ソウカ。ダガオマエラヲ殺ス者ノナマエダケハ覚エテオクガイイ。」
そう言ったヤツの周りには怪しい気配が黒く渦巻いていく。
「私ノ名ハバンシー。オマエタチヲ地獄ニ落トシテアゲル。」
《イービルランド!!》
ズズズズ…━━。
「何だ?」
場が何か今までと違う雰囲気を発している。
「闇ノ鎮魂歌ニソノ身ヲ捧ゲルガイイ!」
バンシーがそう言うと、地面から黒いフィールドが噴出す。
「ちぃっ…!」
体に少しずつ痛みが走る。
どうやら範囲内の敵にダメージを与える攻撃らしい。
「…っ視界も…か…っ…!」
「ソレダケナンテ誰モ言ッテナイワヨ。」
周りにある殺気が少しずつ増していくのがわかる。
「なるほど。モンスターたち専用のサンクチュアリって訳ね。」
フィオナがキュアを唱えながら言った。
どうやらバンシーが発動したスキルは、敵にはダメージプラス暗闇をもたらし、悪魔あるいは不死モンスターに対しては回復を齎すものらしい。
「役者モ揃ッタ事ダシ、ソロソロ本番ト行カセテ貰ウ!」
全員の暗闇が治る頃には、行く手を阻む様に無数の亡者が集まっていた。

 ザシュ…キィィーィィン…━━。
修道院、それは宗教では修行を行う僧、尼僧が住む神聖な寺院。
誰がこの惨劇を想像する事ができるだろう。
「うじゃうじゃと鬱陶しい…!」
ロイがテュングレティを薙ぎ払うと、スローターやラキッドゾンビが後ろに吹っ飛ぶ。
「数が…多くて…!」
先程は、易々と首を切り落とす事ができたが今はそうはいかない。
これだけの数を相手に、一点集中して攻撃を続けられるのはそう簡単ではないからだ。
「後ろに跳んで!」
その声と同時に無数の矢が腐った肉塊にずぶずぶとめり込んでいく。
「ティーズ、ラルフ!」
甲高い口笛が鳴り響くと、倒れ付す亡者どもにラルフとティーズが攻撃を仕掛ける。
見たところかなりのタフさと攻撃力を持つラキッドとスローターだが、幸いそこまで俊敏さが備わっていないらしく、二匹の動きについていけてないらしい。
《マリオネットコントロール!!》
後ろで後衛の守りに入っていたアッシュにファマスがそれをかける。
「お前も行ってこいアッシュ。」
同時にアッシュの動きが今までにない動きを見せる。
「サンキュー、ファマス!」
元々素早いシーフ系の職の延長であるチェイサーだが、あの数の中に入ってなお回避を続けるのは普通じゃできない。
マリオネットコントロールは、自分が何もできなくなる代わりに、対象一人に自分の身体能力を半分上乗せするというクラウンのスキルである。
「遅い遅い遅いってんだよおおおーーー!!」
スジュ…バシュ…キィィーィィン…━━。
体勢を低く屈ませ、両手に持つダマスカスで四肢を潰し、ショーテルを振りかざす腕を足で薙ぐ。
「アンタの強さはわかったが、強いのが一人だけ居ても意味ないんだよ!」
アッシュが動きを封じつつ、奥にいるバンシーへと間合いを詰める。
キィィーン…━━。
「一人ダケダトイツ、誰ガ言ッタノカシラ…。」
鋭い爪でダマスカスを止めるバンシーの口が三日月のように裂ける。
「誰もここに一人だなんて言った覚えはねーぜ。」
ブシューーーッ……━━━。
ラグナロクが少女の体躯を逆さに撫でる。
「消えろ。」
切り伏せると同時の逆方向へと駆ける。
バンシーと無数の骸を囲むように魔方陣が赤く浮かび上がる。
「森羅万象灰と化せ、劫火灰燼!ヘルインフェルノ!!」
ズズズズズ…ドドドオオオオォォォーー…━━。
「アハハ…ハハ…!!」
3人によるヘルインフェルノの劫火の中でバンシーは声を振り絞った。
「此処ハ…貴様ラ人間ガ言ウ名モ無キ島デハ…ナイ…ッ…!!」
その言葉は、現実を見たオレらからすれば当然の事でもあったが、それ以上にその真実を知りえる言葉でもあった。
「此処ハ…偉大ナル王ガ降臨セシ黒ノ修道院…!」
偉大な王が降臨せし黒の修道院?
バンシーは恐れ多くもと言った感じでその名を口にする事は無かった。
「イズレ此処ハ完全ナル闇ニ落チ…我ラガ魔族ノモノトナル…アハハ…ハハ…!
」 歓喜、いや狂気にも似た断末魔を上げてそのまま姿を消滅させた。
「偉大な王?」
マスミがふと掌に顎を乗せて思索にふける。
一般的にモンスターと呼ばれる魔族の王には、モロクを始めとしてダークロード、バフォメットが知られている。
「まさか…。」
マスミの脳裏に浮かんだ王の名。
それは偉大なる蝿の王。
「ヴェルゼブブが此処に…?」
マスミの言葉が、無数の骸の上で木霊する。
━━━━━。

黒の修道院。
バンシーがそう言った理由がわかった。
━━━━━。

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