〜Cross each other Destiny〜

交錯する運命

第3章
第30話  【天国と地獄】

 ウィザードギルドのマスターが静かに絶命した。
新たな決意を胸に旅立つ魔術師の理由としては、それは十分すぎる出来事だったかもしれない。
しかし、一人の尊い命を犠牲にして成り立ったそれは束の間に平和に過ぎない。
━━━━━。

 ポータルを抜けるとそこはたくさんの術士たち。
それに脇目も振らず、街中央のゲフェンタワーへと足を進める。
ガチャ…ギィ…━━。
扉を開けると、そこには一人の男が立っていた。
「何をしにここまで?」
青い髪の毛を靡かせながら、男は笑みを零した。
「過去の自分にお別れを言いにですよ。あなた方は?」
暴走していたときと比べるとまるで別人の雰囲気を醸し出すは、最強の術士となったエミリオ。
一人の命を犠牲にしたことを悔い改め、自分の道は自分で切り拓くものだと、そう言った。
「オレたちに力を貸してくれ。」
不思議と迷いは無かったと後で聞いた。
その蒼い瞳が映すは、自分の運命、或いは自分の正義に変わったのだろう。
「喜んで。」
そう言うとエミリオが手を差し出してきた。
オレは軽く手を握り返し、フィオナにすぐさまポータルを開かせる。
「さ、入って入ってー。」
フィオナがポータルを背に手招きをすると、順に入り、ポータルが扉を閉じた。
━━━━━。

 チュンチュン…チュンチュン…━━━。
フィゲルの風景が飛び込むとほぼ同時に、懐かしい仲間がそこに居た。
「リュウ!クレナイ!ヒナにフルナーゼも!」
バルジがいち早く歓喜の声を上げて駆け寄る。
丁度時を同じくして帰ってきたらしく、4人はヘトヘトに見える。
「ただいまーっと。モロクはやっぱ疲れるねー…。」
ヒナが肩をがっくりと落としながらギルドへ入っていく。
モロクの暑さに相当答えたのだろう。
「おかえりー。ロイたちも帰ってきた所だよー。」
オレたちの声に気づいたのか、ユーナが二階の窓から出迎えてくれた。
久々って程でもないが、これでソラ以外の全員がまた集まったわけだ。
「夕食の時間にそれぞれの報告と、新しい仲間を紹介すっから時間にはちゃんと集まれよー。」
そそくさと各自部屋に戻っていくメンバーに、後ろから追いかける様に声を飛ばす。
「エミリオはーっと、どっか空いてる部屋でくつろいでてくれ。飯の時間なったら呼ぶからよ。」
セネルがエミリオの背中を軽く叩くとそのまま階段を駆けて行った。
エミリオはその歓迎ムードの様なものが嬉しかったのか、どこか笑っている様にも見える。
「アンジェー、戻ってきたやつ以外で飯作ってやってくれー。」
居間には入らず、通り越すときに奥にいるアンジェに声をかけた。
その声に気づいたのか奥からドタドタと足音が近づいてくる。
「その人誰?」
クラウに続いてスティル、今日はテレーゼは夕飯の準備を手伝っているらしく二人だけのようだ。
「最も強いとされるウィザード、ウォーロックのエミリオだ。これからは仲間だから挨拶しろよー。」
2人の子供をあしらう様に頭をこづいた。
「これからお世話になるけどよろしくね。」
エミリオはしゃがんで2人に挨拶するように一言。
クラウとスティルはそれを快く受け入れそのままエミリオに抱きついた。
「っとと…危ないでしょ。」
「気に入られたみたいだし、飯の時間まで2人の遊び相手頼むわ。」
オレは苦笑いを混ぜてエミリオにそう言い放って自室に戻った。

 グツグツ…コトコト…トントントントン…━━。
良い匂いと共に、テンポの良い音が居間に充満していく。
匂いに形があったとするなら、それに沿う様にして腹をすかせたみんなが次々と入ってくる。
「今日は牛と、フィゲル近海で捕れた海の幸よー。」
ユーナの声と同時に運び込まれたその料理は激辛カレーライス、マステラソースがかかっているたれ付き焼き肉、それにエビチリグラタン、海の幸の生春巻き。
エミリオが加わったからか、ほぼ全員が揃ったからか、今日は一段と豪勢な料理にしたらしい。
「おおおおおーーーー!!」
男性陣からは感嘆の声と同時に、口からは迸るほどのよだれが垂れていた。
「ほら、みんなさっさとスプーンとかフォーク出して!」
ハロルドがキッチンから出てくるなり、立ちすくむ男性陣に促した。

 時間は守れと言ったはずだが、準備でなんやかんや時間が遅れてしまった。
「ちょっと遅くなったけど、まーさっき言った通り新しい仲間の紹介から始めるぞー。」
パチパチパチ…━━。
何でもかんでもフレンドリーなメンバーは、お祭りのように騒ぎ立てる。
「私はエミリオ。ウォーロックのフィール=エミリオです。ご迷惑をおかけしましたが、これからはよろしくお願いします。」
エミリオは近くに座るオレに謝罪と共にお辞儀をすると、仲間として受け入れてくれる事を嬉しく語った。
「エミリオって事は、あなたが最強の魔術師ですか?」
目の前に居る偉大な魔術師を前に、バルジやユニーがそわそわと嬉しそうな顔を浮かべている。
それも仕方ないか。
「後で術の事で聞きたいんだけどいい?」
ユニーが目を輝かせて、羨望の眼差しをエミリオに飛ばす。
バルジもそれに加わりたいといわんばかりに、エミリオを食い入るように見つめている。
「えーっと…じゃー各グループの報告に移るぞー。」
パンパンと手を叩きながら、エミリオ、ユニー、バルジ以下メンバーのいきりたつ気持ちを静めた。
「じゃー最初はオレらからで。リュウ。」
クレナイが視線と共に飛ばすと、隣に座るリュウがそれを察して立ち上がる。
「まずアサシンギルドの穏健派は、オレたちの手助けをする事になり、ギルド外に散らばっているアサシンたちの無力化をしてくれるとの事。それと…━━。」
リュウが少し行き詰る。
「プロンテラの大聖堂に来たイェーガーってのは…アサシンギルド出身らしい。」
隣で腕を組みながら沈黙を守っていたクレナイが、リュウの背中を押すようにそのまま喋り出す。
「要は、国防大臣もアサシンギルドによって根回しされてるかもしんねぇーって事だ。」
2人が言った通りなら、思惑通り、王国は既にアサシンギルドに落ちたって事か。
問題は、国防大臣が脅されて操られているか、完全に寝返ったか、だが。
「それと、何か連絡の際は、穏健派からクラスクというオレたちの知り合いのアサシンが来る事になりました。」
思ったとおりやばい状況だが、それでも対策が打てるだけありがたい。
アサシンはアサシンに任せとけば大丈夫か。
「オレらからの報告だが…質問は後からにして…くれ…。」
ロイが座りながら、顔をうつむかせて言う。
一緒にラヘルへ行ったアッシュとアクアも心なしか元気が無いように見える。
「魔王モロクの復活時期は、ラヘルの大神官たちでも調べないとわからないらしい。」
「何を?」
フルナーゼが、はっと口を手で隠す。
「これは王国内でも、ラヘル国内でも重要機密らしいんだが、モロク城を囲むようにして四属性の封印が施されているらしい。」
封印という言葉は良く耳にしたが、成る程そういう仕組みだったのか。
「その封印の経過を調べれば、大体の復活時期が割り出せるらしいんだが、封印の正確な位置まではわからないらしい。」
恐らく封印の位置を知っているのは、王国内の幹部数人に、諜報部のトップ。
ラヘル国内では、過激派だけだろう。
「それに魔王モロクを完全に消滅させ、異次元の侵入を防ぐには…“宿命の子”であるフィオナ…だけじゃ足りないらしいんだ…。」
一瞬その言葉の意味がわからなかった。
生贄はフィオナだけじゃ足りない?いや、フィオナは護る、が、それ以外にも何かあると?
「フィオナ“宿命の子”が“鍵”だとしたら、“呪いの子”と呼ばれる、いわば“扉”が必要らしいんだが…━━。」
要は、鍵を閉めるにも、閉める扉が必要というわけか。
「だが…なんだ?」
アーウィンのその何も知らない気軽な質問が、3人の胸をひどく締め付ける。
「━━…“呪いの子”の特徴…が…胸にじゅ…十字架の模様…が浮かび上がる事らしい…。」
『!!!?』
全員が察知しただろう。
同時にそれを受け入れまいと必死に頭の中で否定する。
しかし現実は此処に在る。
「それは…ソラ…?」
フィオナが思わずその名を口に出す。
皆が聞きたくない答えを求めに、その放たれた言葉はロイたちの耳に入る。
「ああ…“呪いの子”である“扉”の資格を持つのは…ソラだ…。」
フィオナの放った言葉が連れ帰ったのは、想定できる最悪の事実。
もちろんフィオナやロイたちが悪いわけではない。
誰もが嫌な事を避けて通る、が、誰しもがそこを通らねばならない。
「そん…な…。」
アリスやアンジェたちがうっすらと涙を浮かべる。
「フィオナに続いて…ソラ…も…。」
ユウが愕然とした顔で机に突っ伏した。
「めそめそすんじゃねーよ。」
こういう時こそマスターとしての真価が問われる。
戦闘面ではギルドをその強き力で引っ張り、精神面ではその言葉一つでギルドを導く。
「フィオナも、ソラもそうなっただけでまだ死ぬと決まったわけじゃねーだろう。」
オレだって心が折れそうになる。
だけどオレが折れるわけにはいかないんだ。
「お前らはそう言われただけで諦めるようなヤツらだったか?」
違う。
オレらはそんな弱くはないはずだ。
「誰が諦めたって言ったんだ?」
オレの言葉にすがりつく様に声が聞こえる。
「仲間の危機に逃げ出す様な腑抜けはこのギルドにゃ居ないんだぜ。」
ルーシーが椅子に深く座り込みながら不適な笑みを零す。
それに釣られてか、徐々にみんなが息を吹き返す。
「そーそー。ラクはオレらをそんな目で見てたのか?悲しくなっちまうよ。」
セネルがテーブルの上にある食事に手を伸ばしながら笑い飛ばす。
「運命は誰かに決められるものじゃありませんよ。ましてや人の運命を他人が決めるものでもないはずです。」
エミリオが静かに語り出す。
その言葉には、小さく燃える感情が込められている様に感じ取れる。
「エミリオの言う通りだ。ソラが諦めない限り、あいつの運命に“死”なんてもんは訪れない。」
「現にこうして私は此処でエミリオとして生きているし、みんなに生かされてる。」
ウィザードギルドの一件で、エミリオは一皮むけたようだ。
顔つきもどこか強く見える。
「いいか。最後まで諦めるな。それがオレたちにできる唯一の方法だ。」
マスターの真価なんて言ったが、そんなもんはいらなかったな。
オレにはこんなにも頼もしい仲間がいるんだから。
「っし!!そうと決まればさっさと飯食っちまおうぜ!」
リュートが待ってましたと言わんばかりに、食事に手を伸ばす。
それを皮切りにみんなも食事に手を伸ばし始めた。

 いつもより豪勢な食事は、その量の事もあってか、食事はまだ続いていた。
「それで、今後の予定はどうするの?」
フィオナが飲み物を手に取りながら聞いてきた。
顔は笑っているが、一番堪えているのはフィオナだろうに。
「そうだな…。そう長々としてる時間も無いし、二手に分れて一気に進めるとするか。」
今やるべき事は二つ。
一つは、魔王モロクの復活時期の調査。
二つ目は、国王の所在を掴む事。
「って事で、封印を調べるモロク班と、国王の所在を掴みに名も無き島に行く探索班に分ける。」
アサシンギルドの証拠や何かは、穏健派に任せておけば大丈夫だろう。
その間にオレらはオレらのやるべき事をやらないといけない。
「それとソラの事だが、行動を起す前に大聖堂に調べに行く。」
アサシンギルドが既に王国を支配していて、尚且つソラが“扉”の資格を持っている事を知っていたとしたなら、多分アサシンギルドの目的はソラを殺害、もしくは監禁だろう。
オレらが2人を持っていれば、魔王モロクを倒すのはオレらになってしまう。
アサシンギルドは、確実な栄誉を手に入れる為に自分達で魔王モロクを倒したいはずだ。その為の障害はオレらであり、資格を持つ2人ってことだ。
「とりあえずグループ分けするから、何か意見あったら言ってくれ。」
『りょーかーい。』
静かにフィゲルの夜が闇を濃くしていく。
ギルドにはその闇が近づけないように、オレらは明るく振舞った。
━━━━━。

inserted by FC2 system