〜Cross each other Destiny〜

交錯する運命

第3章
第29話  【反逆のエミリオ】

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決められた運命の中で生きるしかないとしても
このまま生きる方が楽だとしても
この先に何が在るか解らなくても
真実を知らない方が幸せだったとしても

たとえ 自分が何者だとしても
自分の道は この手で切り拓くと決めた
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 夢の中で誰かが泣いてるんだ。
何で泣いているのかと聞いても、その少年は泣いてばかりで答えてくれない。
ふと、その少年が口を開こうとした瞬間、世界が変わる。

チュンチュン…チュンチュン…━━━。
小鳥が静かに夜明けを迎えようと囀っている。
「久しぶりだな…この夢も…。」
空はまだ薄暗かった。
━━━━━。

 エミリオが意識を取り戻した翌朝にそれは起きた。
ドンドン…ドンドンッ…━━。
続け様にドアを激しく叩く音が室内に響き渡る。
「ラク起きて!ラクーーーッ!」
声の主が誰のものかわかった所で、ようやくベッドから体が持ち上がる。
「ん〜…フィオナ…何だよ朝から…ふぁ〜……。」
バチン…ッ━━。
その発言の直後に、両頬に衝撃が奔った。
「エミリオが…っエミリオがいないのよ…!!」
両手でオレの頬を叩いて揺さぶりながら、フィオナは足踏みをしながら慌てて喋る。
「そっか…。」
フィオナの慌てぶりと比べると、オレはとても落ち着いて見えるだろう。
だけど、エミリオがこうする事はわかってたし、何処へ行ったのかも大体見当がつく。
「セネルとアーウィンとアズサ、それにマスミとバルジを呼んできてくれ。」
恐らくやつの行く場所は唯一つ。
だからこその少人数。大勢で行けば捕まる可能性も高い。
「もちろんフィオナにも着いて来て貰うが、他のヤツには訳だけ話しといてくれ。」
不安がるフィオナの頬に手で触れて、心配するなと言う様に言った。
「すぐみんなを居間に集めてくれ。」

 オレの呼びかけで、出払っているメンバー以外全員がすぐに居間に集まった。
「朝っぱらから何かあったのか…?」
少し眠そうな顔をしているリュートやエンブリオが目に入る。
みんなも大して変わらないが。
「エミリオがどこかに向かった。」
「どこかってどこに?」
ハロルドが不思議そうに問いかけてくる。
「多分…ゲフェン…ウィザードギルドだろう…。」
「やっぱ寝返ったのか?」
リュートが怪訝そうに言って来た。
裏切り、そう取るのはおかしいが、そう取ってもおかしくはないと皆も思ってるだろう。
「恐らくは…ウィザードギルドに事実を確かめに…だろ。」
赤の他人の言葉をすぐに受け入れて生きていけるほど世界は甘くない。
知恵ある魔術師じゃなくともそれは変わらない。
「それでだが、さっき言ったメンバーで様子見、或いはエミリオの奪還をしに行く。」
無いとは思うが、ウィザードギルドがエミリオに対して何を言うか、何をするか。
反抗するなら殺す、なんて事も考えうる。
「大人数じゃ目立つし、オレらはまだお尋ね者のままかもしれないから、残りは留守番だ。」
先日アサシンが言った言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。
何があったとしても、その言葉を発したのはアサシンであり、王国の意思かどうかわからないからだ。
「わかった。こっちは任せとけよ。」
リュートが拳を掌にパシっと殴りつけた。
「そういう事だから、朝飯食べたらゲフェンに出発するから、さっき言ったやつは準備早めにな。」
オレの話が終わると、みんなはいつも通りに食事を進める。
が、どこか重たい雰囲気が流れてるのは何故だろう。
決して味方になったわけではないエミリオの裏切りとも取れる行動か、それともエミリオへの心配か。
「よし、じゃールーシー、此処の事は任せるぜ。」
ルーシーに拳を突き出すと、ルーシーもまた拳を突き出して交わらせた。
「開け、ワープポータル!!」
フィイイイイーーーィィイイン……━━━。
「ゲフェンのポータルだが、中心部に近いと思ったから気をつけろよ。」
ルーシーが言い出すと同時に、オレらはポータルへと足をかける。
オレは焦る気持ちを抑えきれないでいた。
━━━━━。

―ゲフェン・ゲフェンタワー及びウィザードギルド―
 ここゲフェンタワーは、この塔自体がウィザードギルドであり、塔の最上部に幹部たちが顔を揃えている。
魔術学院は、このギルドの関連団体であり、その末端に位置する団体である。
それ故いちウィザードが魔術学院に足を踏み入れる事があっても、ウィザードギルドの最上部に足を踏み入れる事は滅多にない。

ラクティヴたちが、エミリオ失踪に気づいた時に時間は遡る。

 カツン…カツン…━━━。
螺旋状の階段から発する音が塔内に響き渡る。
その足音はどこか決意を感じさせる、そんな足音だった。
やがて足音は消え、部屋の奥から一つの気配が現れた。
「おかえり、エミリオ。いや、名も無き最強のウィザードとでも言うべきかな?」
拍手を交えたその言葉は、エミリオにはどこか嫌らしく卑下た感じに聞こえた。
「私は、ウィザードギルドで造られた、対魔王モロク用のウィザードなのですか?」
久しぶりの再会の言葉も無く、そのまま本題に入るエミリオ。
「誰からそれを聞いたか知らないが、お前は私の命令に従っておれば良い。余計な考えは無用だ。」
「貴方の意見を聞いているのではありません。真意を聞いているのです。」
今エミリオの前に居るのは、ウィザードギルドマスターのシュバルツァ=フォイヤー。
造られた命でありエミリオを抜かすと、現最高魔術師である。
「誰に意見しているつもりだ。」
シュバルツァが少し怒気を混ぜて喋る。
基本的に自尊心の高いウィザードギルドだが、このマスターの影響なのかもしれない。
「はっきりお答えください。返答次第ではギルドから脱退させて頂く。」
エミリオのそれには、決心と決別が確かにはっきりと共存しているのがわかる。
「私は構わない。しかし、命を造り、ルージュを犠牲にしてまで造る強さに意味がおありか!」
「…。」
シュバルツァが沈黙を守るが、それには怒りが満ちている。
「確かにお前とルージュは人工的に錬金術で造られた生命であり、一人を犠牲にして最強の魔術師になったのは確かだ。」
諦めたのか、シュバルツァは座ったまま話をし始めた。
「だが、こうする事で対魔王モロクの足がかりとなり、倒した暁には、我ら魔術師は王国でも栄誉ある者達になれるのだ!」
ルーンミッドガルド王国では、モンスター討伐の際、各ギルドの任務や連合部隊で討伐し、それぞれ給与や勲章が与えられる。
しかしそのほとんどが騎士団や大聖堂たちが上位に占めている為、ウィザードギルドは何度も不服と申し立てていた。
「作り物の強さで栄誉を手に入れても、それを隠し通して悲しく生き抜くつもりですか!」
知恵の高さは時により人を狂わせ、世を混沌に突き落とす。
「黙れ!虐げられてきた時代の我らの気持ちが若造などに解ってたまるものか!」
シュバルツァは席を立つと魔力が噴出すほどに怒りを露にした。
「貴方はただ歩むのを止めた臆病者だ!そんな人に着いて行く義理も恩も無い!」
己が道を究めた者は、ただそう思い込む事がある。
自分は良くやった、なのに人は認めてくれない。
そうして憎悪や悪意、捻じ曲がった考えが産まれて行く。
「私はギルドの道具じゃない!そして今は亡きルージュの分まで、自分の信念でモロクを倒して見せる!」
パァンッ…━━━。
マスターの部屋に一瞬の閃光が走る。
「なっ…んだ…?」
次の瞬間エミリオが床に膝をつけて倒れ込む。
鮮血がエミリオの体から流れ出ている。
「ゴホッ…う…っそれ…は…!」
ツー…ポツ…ポタタ…━━。
シュバルツァが手にしていたものは“銃”と呼ばれる武器である。
「実に素晴らしい!」
シュバルツバルド共和国の鋼鉄都市アインブロックの最新科学技術により作り出された遠距離武器であり、殺傷能力は剣や弓を遥かに凌ぐと言われている。
「アインブロックの武器商人から横流ししてもらったものなんだがね。どうだね威力の程は?」
エミリオは腹を撃ち抜かれ、床に突っ伏したまま血を吐き続ける。
どうやら当たり所が胃かどこかだったらしい。
「まだ考え直すチャンスはあるぞ?」
腹の痛みに気を取られている内に、シュバルツァはすぐそこまで歩み寄っていた。
「ここま…な…のか…?」
意識が飛びそうになる。
その瞬間、自分に誰かが呟いた。

 誰かが頭の中で泣いてるんだ。
何を聞いても泣き止まない少年がそこに居た。
しかし少年を気遣ってその場に腰を下ろすと、少年は泣くのを堪えて何かを言おうと口を開く。
いつもの夢は此処で終わりだった。

「私…は…!!」

 何で泣いているか、そう聞いたよね。
そう私に問いかけるその少年は、伏せていた顔を上げて言った。
「だってボクの…ボクの運命は誰かが決めた運命で…そこしか歩かないボクがいるから…。」
そう言った少年の顔は、いつかの自分だった。

「私の…っ…運命…は…!!」

 今度は少年が私に問いかけてきた。
何で自分の道を他人に決めさせるの、何で自分で夢を描かないの、そう涙を零しながら訴えてきた。
自分の夢なんて考えた事が無い私は言い返せない。
自分は言われるがままに従ってきた人生を不思議と思わなかった。
だけど、今は違う。

「自分の道…は…っ…わた…が決め…る…!!」

少年は泣くのをやめた。
これでもう泣かないですむ、そう言って笑みを零して少年は薄れていく。

シュバルツァが不快そうな表情を浮かべながら、エミリオに鋭い眼光を向ける。
「私は…ギルドと…い…殻か…ら…抜け出…てっ…じぶ…の道…を行く…っ!!」

少年は姿を消していきながら呟いた。
もう大丈夫、貴方になら自分を任せられる。
そう言って少年は頭の中から消えた。

ジジ…バチチ…━━。
体の傷が治っていくのがわかる。
同時にルージュが認めてくれた気がした。
「お前…は誰…なんだ…!?」
立ち上がるエミリオにシュバルツァは尻込みして後ずさりをする。
「私の名前は…━━━。」
暴れまわっていたルージュの魂は、私に問いかける様に同調していく。
「━━…フィール=エミリオ。それが私の名前だ。」
完全に一つになったと、この時自分でもわかった。
「覚えておくといい。お前を此処で殺す者の名だ。」
「玩具が主人に刃向うとどうな…━━。」
エミリオは至って冷静だった。
表面上も内面も、波一つたっていない状態と言える。
怒っているのはそう、フィール=ルージュ。
「我が理力、その力を具現化し、眼前に立ち塞がりし者を滅せよ…━━。」
「なっ…ま…待てーーーっ……━━。」
シュバルツァは銃を構える暇もなく、ただエミリオに許しを請うばかり。
エミリオは聞く耳を持たずそのまま詠唱を終える。
「━━…マジッククラッシャー!!」
ドゴオオオオォォォーーー……━━━。
シュバルツァの体には、殴られたかの様な後が刻まれる。
「これで傲慢なウィザードギルドの時代が終わりを告げる。」
マジッククラッシャーは、術者の魔力を物理攻撃力に変換してダメージを与える魔法である。
魔術師の唯一つの物理攻撃魔法がこれで、術者の魔力が高ければ高いほど大ダメージを与えられるのだ。
「くく…終わり…だと…?」
突っ伏した状態から動けないのか、倒れ込むシュバルツァはそのまま喋り出す。
「私の他…も…この計画…すす…るヤツは…いる…。」
「…。」
エミリオは沈黙を守りながら、シュバルツァの最後を見届ける。
「お前は…運命か…逃げ出…せはし…いの…だ…━━。」
そう言い終ると、シュバルツァは絶命した。
「運命から逃げ出せない?逃げ出すつもりは無いさ。」
カァン…カラカラン…━━。
服についているギルドの印章を引き剥がしてその場に捨てた。
「運命は自分で決めるものだろう?」
エミリオはどこか晴れ晴れした面持ちでその場を後にした。
━━━━━。

ありがとう ルージュ━━━。

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