〜Cross each other Destiny〜

交錯する運命

第3章
第22話  【地獄の君主×暴動×殺意】

 巨大な馬には銀で施された装飾、騎士は銀色に輝く甲冑を纏う。
右手には斧と槍が結合したような獲物ポールアクス、左手には十字型の盾クロスシールドを持つ。
死霊の世界ニブルヘイムを統治せし者、“地獄の君主”ロードオブデス。
━━━━。

 兜から時折見えるその顔は、既に骸と化した骸骨のそれだった。
しかしそのプレッシャーと殺気は、確かにその骸骨から発せられている。
ガシャン…ガシャン…ガシャ…━━。
ロードオブデスが馬の頭に手を差し出すと、その馬はピタりと動くのを辞めた。
「生きた人間が何の用だ?」
先程まで街を飛んでいた霊魂たちも、コイツが来てからは姿を一切現さない。
喋るたびに飛んで来るプレッシャーが原因だろう。出現しただけのそれで力を持たない霊魂たちは脅威を覚えたに違いない。
「…。」
沈黙を守り、かつ相手の隙をついてポータルを出すだけ。
それなのに、下手に喋って戦闘に入るような真似だけは避けたい。
「死にに来たのか、それとも死すべき時を見つけに来たか?」
生前そこに瞳が在っただろう場所から、鋭く赤い眼光がギラリと輝く。
今にもその眼から鮮血が飛び出そうな程、赤く赤く染まっている。
「沈黙もまた答え。手を下す事を厭わないものと見做す。」
ヒュン…━━。
ロードオブデスが喋ると同時に、4人の間を風が吹き抜ける。
「なっ…!」
ルドが声を上げる頃には、その風は過ぎ去り、風を造ったそれも手が届かない所にまで駆けていた。
「フルド…ッ?何…してる…!?…早く戻れ…!!」
前を駆けるのは、アサシンクロスの黒い衣服を風にそよがせる影、フルドそのものだった。
「…フフ…クク…クハハ……。」
フルドがさっきより高らかに笑みを零すのが見えた。
さっき浮かべていたあの笑みは、この時を待っていたのか?何の為に?
「ソラーーー!お前はポータルをいつでも出せるように待ってろ…!オレらはフルドを連れ戻す!」
そう言うルドはソラと自分を含む4人に支援を回し始める。
「もー…グランペコに乗って来れば良かった…。」
クルセイダーやパラディンも、騎士と同じく乗り物を使う事を訓練されており、グランペコを乗用することができる。
が、中には任務等の隊で動く時だけ使用するという者も数多くおり、今のシルメリアの様な事態になることも多々ある。
「連れ戻すとは言っても、敵が多すぎる気がするんだけど…。」
レイラがソードメイスを手にしながらも、相手の数に押されて後ろに後ずさりをする。
その時には既にフルドの影は相手の向こう側、この悪魔達と戦わなければ向こう側には行く事はできない。
「…ちぃ…っ…仕方ねーからオレもやる!」
敵の数としり込みする3人を見て、ソラが詠唱を中止して前に赴く。
「殺ス殺ス殺ス…!!」
ブラッディマーダーが両の手に持つ、血まみれの包丁を振りかぶりながら進んでくる。
「神に仇名す邪悪なる者たちよ、汝らに罪を悔い改める心が在るか見せてみろ。」
その言霊が終わると同時に、ソラの胸から光の十字架が現れ、何かを形作る。
「その御心が無いのならば、この十字架の力、身を持って知るがいい。」
金色に輝く十字架形の鈍器がソラの右手に構成される。
ランドグリスから貰ったグランドクロス。聖なる加護が秘められている十字架形の鈍器で、敵を処断するよりは、悔い改めに導くためのもの。
「神をも恐れぬ邪悪なる者たちよ、オーディンの力をその身に刻め!デュプルライト!!」
4人の武器に揺らめく光がぐるぐるとついて廻る。
デュプルライトは二つの神聖な光を召還し、近接攻撃の時目標に通常よりも強い威力を発揮する。
「消えろ!ブラッディマーダー!」
上から振り下ろされる包丁目掛けて、グランドクロスを左から右に思い切り振り払う。
素手になったマーダーを足払いし、身体が地面から離れた所でグランドクロスを薙ぎ払う。
「クカカカカカ……ココココロス…!!」
ソラはマーダーの死に際の発言に背後の殺気に気づく。
「神々の力、聖なる信仰、光の十字架…━━」
ギィィーィィイン…━━。
後ろに向けて左手でグランドクロスを振りかざすと、半月鎌を防がれたロリルリが卑しい笑みを浮かべている。
ソラは空いた右手でロリルリに向けて指を指す。
コオオォォー…━━。
「…━━その身に天罰を刻まん。アドラムス!!」
指先から静かに白銀の光が飛び出すと、矢の様にロリルリを貫く。
「ヨクモヨクモヨクモ…ッ!殺シテアゲルワ人間…!!」
「アンタ、オレの攻撃がこれだけで終わったと思ってる?」
ロリルリの激昂に対し、ソラは冷静沈着と言った感じで淡々と喋り続ける。
その間にも、ロリルリはおぞましい鎌を振り回しソラに迫る。
「…それに君のスピードじゃ、もう当たらないよ。」
「ク…ッ視界ガ…!?身体ノ動キモ…オカシイ…!何ダコレ…ハ…何ヲシタ…!」
眼を片手で覆いながら、片手の鎌を必死に振るうが、ソラにかすることさえしなかった。
「冥土の土産…ってもう死んでるから違うか…。まぁ今のお前は、アドラムスの効果で暗闇に陥り、身体の筋肉の動きを収縮された。」
ソラがそう言い終ると、再びグランドクロスを構えて背後に廻る。
アドラムスはアークビショップによる単体攻撃魔法、聖職者が扱う単体攻撃魔法としては最高位の魔法である。
「怯えるな。その悪意に満ちた魂から今解放してやる。」
ロリルリの視界には最早光は差し込んではおらず、ソラが背後に廻った事も、グランドクロスを振り下ろしたのもわからなかっただろう。
ザシュ…━━。
鈍器とは思えないほどの斬撃音を立てて、ロリルリは光となって消えた。
「罪は罰をもって償え。」
ソラがそう言った時には、ロードオブデスはまだ微動だにしていなかった。

 ソラがアークビショップとして攻撃に参加してか、善戦しているのがわかる。
「神よ、我らに仇名す悪に裁きを。邪を滅する力を!マグヌスエクソシズム!!」
漆黒の世界であるニブルヘイムでも、ハイプリーストの白い法衣に、燃える様な赤い髪をしたルドはどこにいても目立つ。
その目立つ格好は相手にとっても同じなのか。ルドにはやたらモンスターが襲い掛かる様にも見えた。
「さっさと消えろっての!…マグヌスエクソシズム!!」
レイラと比べて、ルドは純魔法型の支援である為、かなりの魔力を持ち合わせている実力者だ。
魔力を持ち合わせていると言う事は、魔法の威力が高い、連続詠唱や詠唱速度に影響がでてくる。
「シルメリア!レイラ!マグヌスの中に切り込め…!」
ルドの掛け声で、前で戦っていた二人が後ろのマグヌスに飛び込む。
「我、神々の剣として悪を打ち倒す者、その御心を滅する力に。オラティオ!!」
ソラがルドのマグヌスの次にすかさずかけたオラティオは、視界の敵全員の聖属性耐性を下げるアークビショップ専用の魔法である。
「神々よ、汝に仇名す邪悪な者に裁きを。グランドクロス!」
二人を追いかけて群がるモンスターたちを、マグヌスとグランドクロスで一掃にかける。
マグヌスの光が増すかのように、グランドクロスの光がマグヌスの範囲内を十字の形に走る。
「ガアアアアアアーーー!!」
デュラハンの兜の中から、鋭い眼光と牙が覗く。
「なめないで!」
人間のそれとは比べ物にならないほど大きく開いた口に、ファラがソードメイスを縦にして突っ込む。
普通なら力で噛み砕かれていただろうが、オラティオで力を弱めているからそれの心配もない。
「━━…死して尚彷徨い、生を喰らい続ける哀れな魂に救済を。ターンアンデッド!!」
言い終わるが先か、デュラハンの身体が徐々に崩れ去り、中の死霊の魂が出てくると、やがてそれも消え去る様に薄くなる。
「おい…フルドが…!」
レイラとシルメリアがモンスターを倒していると、後ろからルドの驚嘆する声が飛んで来る。
「何…を…?」
驚く4人の前には、数を少なくしたモンスターたち、それに“地獄の君主”ロードオブデス。だけのはずだった。
ロードオブデスの背面からフルドが姿を現すと同時に、その後ろには街の中では考えられない数の夥しいモンスターが犇いていた。
「おめーフルド何してやがんだ…!この状況でそんだけ…引っ張るヤツがいるか…!?」
ルドがマグヌスを唱えながらも、フルドに罵声を叫び続ける。
「フン…ッ。」
嘲笑うかのようにフルドは、ふんぞり返ってみせる。
明らかにモンスターの数が異常、ロードオブデスが出てこなければ負ける事はないが、かなりの労力と時間を要するのは間違いない。
「見ているだけも飽きた。私が戦に参じ、幕を降ろすとしよう。」
戦場に横たわる軍の将軍が腰を上げるかのように、満を持してその足を一歩ずつ動かし始めた。
「冗談じゃねーぞ…っ!これだけの数を相手にして余裕がねーのに…ロードオブデスも相手にしたら死んじまうっての…!」
ルドが叫びながらもマグヌスを出し続ける。が、一向にその数は減る気配を見せない。
「死者の街ニブルヘイムの現状を把握した…。これより帰還する…。」
ヒュン…━━。
フルドが呟いた瞬間、その場からフルドの姿がすっと消える。
「な…っ!アイツ蝶の羽で1人で逃げやがった…っ!!」
ルドがフルドの勝手な振る舞いに激昂するが、それでは何も変わらない。
しかし、フルドの行動が不可解すぎる。現状を把握するだけなら、モンスターに気づかれずにできただろう。なのにこの数。
あの時の笑みはこの事なのか?
「後ろにポータル出すから、お前らは出たらすぐ退け!いいな!」
幸い後ろから来るモンスターは居らず、ソラが背後に命令と同時にポータルを唱え始める。
ポータルは術者が入ると、強制的に空間の歪も消える為、最後に術者が入る仕組みになっている。
「入る前にマグヌスを1枚ずつ出してってくれ!」
最後に術者であるソラが入る為、それまでの足止めを全部ソラがするわけにも行かない。その為ある程度の助力を必要とする。
「レイラ!シルメリア!早く入れ!」
ルドが永続的にマグヌスエクソシズムを前方に唱えるが、数を見ると足止め程度に留まっているのがわかる。
しかし足止めは足止め以上にはならない。いずれ限界を迎え、死霊たちが雪崩れ込むのも時間の問題。

 「ルドもいい加減入れって!」
二人が潔く入ってからもルドはマグヌスを詠唱する事を止めない。
「お前だけで…っ…どうするつもりなんだ…っ?」
ルドは赤い髪の毛を靡かせながら、苦笑いを含みながら、次々と魔法を繰り出す。
確かにルドの言うとおり、一人残ったとしても、ポータルに入れる隙があるかどうかという問題が残る。
唯一つの問題だが、これ一つがある為に帰還できない理由とも言える。
「はっ…!じゃーここは一つ…ルドのご好意に甘えるとしようか…っ!」
両者一歩も譲らない激戦の中で、諦めの悪いルドの言葉と表情に負けたのか、ソラはルドと掌を弾き合わせる。
「…。」
ガシャン…ガシャン…━━。
少しずつ迫るそのプレッシャーは、見えなくても喋らなくてもどこにそいつがいるかを物語っていた。
そしてそのプレッシャーが飛ばされる度に、恐怖が全身を駆け巡る。
━━━━。

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