〜Cross each other Destiny〜

交錯する運命

第3章
第20話  【常闇の地】

 その地に興味を持ち、探検に行った多くの冒険者や学者たち。
だが、その中で帰還した者はごく僅かだったと言う。
繰り返しされる質問に対する数少ない返事の中で、学者や聖職者達が耳にした言葉は唯一つ。
「死んでいる……何もかも死んでいる……怖い…」という言葉だけに留まった。
━━━━。

―ニブルヘイム・秘境の村―
 フベルゲルミルの泉に身を沈めた後に見る世界。
それは薄闇の世界唯一つ。
薄闇の世界。墓に舞う幽霊や奇怪な悲鳴をあげる悪魔を始め、不気味なモンスターが多数徘徊している。
「何度来ても陰気臭い…。」
ルドがぼやきながら溜息を零す。が無理も無い。
ここに“生”や“命”は無く、在るのは“死”のみなのだから。
「さっさとギョル渓谷を抜けるぞ…。」
フルドはそう言うといつものように歩き始めると思いきや、支援が廻るのを待っているのか立ち止まっている。
それほど此処のレベルが高い事を意味している。
「こっからはシルメリアが攻撃の中心だかんな。」
ソラがシルメリアをポンと叩く。
死者の街…まだ街ではないが、既に此処は死霊の世界。
出てくる敵は全て悪魔か不死の為、聖属性攻撃を持つクルセイダー系、退魔術を行使できるプリーストたちが居る事が前提。
「まーニブルヘイムに着くまでは気楽にな。」
ルドがそう言うと、シルメリアが緊張のほぐれた表情を浮かべる。
ルドが言うとおり、ロードオブデスに限っては通常のフィールドやダンジョンに出現するのではなく、街であるニブルヘイムに復活する、少し特殊な上級モンスターなのだ。
「おい…。」
ソラやレイラが支援をかけ終わるのを待っていたのか、唯の偶然か、奥からモンスターたちの殺気がこっちに向かって放たれているのに気づいた。
「ひーふーみー……多いなこりゃ…。」
レイラが肉眼で確認できる範囲で10匹ほど居るのがわかる。
唯どれも此処に現れる中で底辺のモンスターである為、そんなに難しい問題でもない。
ヂャラヂャラ…キン…━━。
「ディスガイズにキューブか。」
薄闇の世界に一際目立つ赤いスカーフ、綺麗な金属音を立てながら空中を浮遊するのはディスガイズ。
そしてその後を追うようにしている黒い布切れみたいなのがキューブだ。
「迷っている…暇は無い…。」
フルドがそう言うと、地面を強く蹴る音が聞こえた。
後を追うようにレイラとシルメリアも突撃する。
『神よ、我らに仇名す悪に裁きを。邪を滅する力を!マグヌスエクソシズム!!』
「ギギ…?」
丁度3人が戦っているところにモンスターが集中している為、マグヌスも狙いやすい。
これもフルドの考えていた事なのだろうが。
コオオオォォォーーー…━━。
神聖な光が地面から溢れ出すと、ディスガイズとルードたちがもがき苦しむようにのた打ち回る。
「ちぃ…っ!周りの木々に気をつけろ!!」
「やぁ…っ!」
バキバキ…ドスンーー…━━。
ルドが言うと同時に、シルメリアが痩せ枯れた木を一刀両断。
枯れた枝に呪われた人形を幾つも吊るしているこの木は、人形を絞首刑にする悪魔の木・ジビット。
ここニブルヘイムでは、いくつもそれと同じ形相に彫られた木があるが、それ自身に呪いや怨霊が命を吹き込んだモンスターだ。
「他のモンスターたちが来る前に抜けるよ!」
レイラが言うと同時に、フルドも粗方敵を倒し終わり、みんなが一斉に駆け出した。
━━━━。

―ニブルヘイム・ギョル渓谷―
 死者の街ニブルヘイムへ続く唯一の道であり、長く険しい渓谷。
渓谷の向こうには、うっすらと街らしきものが肉眼で見え、訪れた者に安堵の溜息をつかせる場所でもある。
が、長く続く一本道の両側は切り立った崖、その崖から死霊たちが手招きをしているかの様に、幾多の冒険者達が命を絶つ。
━━━。

 秘境の村より、モンスターの数は少ないが、強力なモンスターが出る。
しかし、そのどれもが魅力的なモンスターであるため、終日賑わいを見せる狩場でもある。
「今日は人少ないな…っていうか居ない…?」
ルドが渓谷の入り口に差し掛かると、そう言って気配を研ぎ澄まし辺りを見回す。
「夜だからじゃない?って言ってもここ時勢わからないけど…。」
レイラがルドに賛同しようと意見するが、此処は常時薄闇に包まれている死のニブルヘイム。時間なんてあってないようなものだ。
それにしても人っ子一人見当たらないとはどういう事か。
「ロードオブデスが復活しているからか…?」
ソラがふと呟くと、フルドを抜いた3人がぎょっとしてソラを見つめる。
だが、あながちその可能性も捨てきれはしない。
「ま、まぁ…その調査だしね…。」
シルメリアが胸のロザリオをぎゅっと掴んでいるのが見える。
「とりあえず先進もうぜ。」
アークビショップの蒼い法衣をなびかせ、ソラが支援を回しながら力強く言って見せた。
リーダーが雰囲気に呑まれると、戦闘などでの指揮に大きく関わるからの振る舞いだ。

 人影が無いどころか、モンスターの気配すら感じない。
もうギョル渓谷の中盤まで進んできていると言うの、未だにモンスターに遭遇していない。
嵐の前兆か?そう言いたくなるほど周りは静かで、シンと静まり返っている。
「敵がまるでいねぇー…。」
その事を残念がるかのように、ルドが赤い髪と一緒に肩を深く落とす。
ルドが揺らす赤い髪は、この薄闇の世界ではまるで火の玉が彷徨うかのようだ。
「静かにしろ…。」
先頭を歩くフルドが突然足を止めて、力強く吐き捨てる。
他の4人は何だと言わんばかりに、フルドが見つめる先に視線を一斉に向ける。
ガシャン…ガシャン…━━。
薄闇の視界に置くから、甲冑の音が聞こえてくる。
「デュラハンか…。」
デュラハンとはケルトの伝承に登場する死を告げる妖精。
人が予想するその姿はまちまちだが、ニブルヘイムに出てくる本物のデュラハンの姿は異形としか呼べないだろう。
全身鎧かと思いきや、首から上が存在しないその姿はまさに死を告げる妖精と超えて、死神に近いと言っていい。
「…は…なに…?」
レイラが眼を丸くするのも解る気がする。
デュラハンは先頭に居るだけに過ぎず、後ろには何匹ものモンスターが列を連ねているのが、近づくにつれ見えてきた。
「ま、焦ることはないね。」
ソラが焦る2人を無視して前方を指差した。
「ソラ…何でそんな冷静…なの…?」
通常で考えると多いだろう。でもここは渓谷でありその途中だ。
つまり、どんなに敵が居ようと、戦いに参加できるのはその中の一握りだと言う事。
「数だけで勝てるほど戦いってのは簡単なものだっけ?」
ソラは満面の笑みでレイラとシルメリアの不安を吹き飛ばそうとする。
「ま、ソラの言う通りだわな。いくら多くたって知恵の前に正面突破がきくはずがない。」
そう言うと、ルドとソラは静かに支援を回し始める。流石、熟練の聖職者と思わせるような落ち着きぶりだ。
「シルメリアとフルド前に、レイラは後ろを注意しつつもオレらの周りで援護を頼む。」
少し落ち着いたのか、二人はぎこちないが笑みをソラに返す。
ガシャン…ガシャン…ガシャンガシャンガシャン…━━━。
「来るぞ!」
狭い一本道を徐々に速さを増してデュラハンが先頭を突き進む。まるで勇猛な騎士の様だ。
その後ろには、半月に乗る魔女ロリルリ、血まみれの包丁を持つ殺人鬼ブラッディマーダーが多数見える。
「…。」
フルドが無言のままカタールを構えると、直後にソウルブレイカーを2連射した。
「ギギ…ガアアアアアアーーー…!」
デュラハンには直撃したものの、まだ倒れないで向かってくる。
見た目通りの防御力を備えていると言う事か。
「死ね…。」
咆哮するデュラハンの間合いを一瞬で詰めると、左右のカタールで挟むように首を刎ねた。
グオオオオオオオォォォーーーォォォオオオオン……━━。
ガシャンと崩れる鎧の中から、魂の様なものが悲鳴を上げながら消えていく。
フルドは崩れた鎧の向こうから見えるモンスターを見て、咄嗟に後ろにバク転してソラたちの方に戻ってくる。
それが合図かの様に、ソラとルドが詠唱を始めた。
「聖なる十字架、汚れ無き魂、断罪の光、今この手に裁きの力を掴まん。ジュデックス!!」
「不屈の闘志、折れぬ刃。オーディンよ!そなたの剣(つるぎ)を貸したまえ!エクスピアシオ!!」
ソラが唱えると、ロリルリに向かって力強い光が伸びる。その光は大きな剣を創り、ロリルリに向かって振り下ろされる。
ジュデックスは、ホーリーライトの上級版とも言える攻撃魔法で、対象に光の剣で攻撃を与えると共に、近くに居る敵も巻き込んで攻撃を加える。
「キャアアアア…!」
人間型をしている為か、ロリルリは叫び声も人間のそれと同じだ。
しかしロリルリは手に持つ半月鎌をなおも振り続けている。
「これでーーーー!!」
シルメリアが半月鎌を振り上げたロリルリの懐に入り込むと、十字架を描くように光る斬撃を刻む。
ザシュ…ブシュ…━━。
「…い…ったいじゃない…!」
半月鎌が肩をかすめるも、シルメリアの攻撃は直撃を食らわした。
ロリルリは力なく倒れると、乗っていた半月も小さくなり消滅した。
「フルド!あまり深追いはす…っ!」
フルドが次々と敵を薙ぎ倒していくが、ルドが叫んだその時、背後にブラッディマーダーの包丁がギラリと青光りするのを見た。
ガンッ…━━。
「もっと背後にも…っ気を配りなああぁぁーーーー!」
レイラがソードメイスで二本の包丁を受けきると、あろうことかそのまま蹴りに転じた。
モンクの服を着せればさぞ似合いそうなほどの格闘ぶりだ。
「一気にたたみ込めええええーー!」
善戦を続けるも、敵が尽きる気配が無い。大方人が来ないから溜まっていたのだろう。
ソラが言うと同時にフルドは再び駆け出した。
━━━。

 死者の街ニブルヘイムには、宿屋なんて大層な設備は無い。
全ての住人が死者や、その霊たちだけなのだから、宿屋以外の施設も当然ない。
故に、ロードオブデスが居ると想定すると、遭遇する前に一旦体力を回復する必要がある。
とはいえ、戦闘中だからそれもできない。
「…ふぅ…これで終わりか。」
ソラが溜息をつくと、最後のブラッディマーダーが地面に平伏した所だった。
「とはいえ、随分と時間かけちまったな。」
ルドが言うとおり、ここまで時間をかけるつもりはなかった。
急いで倒す必要は無いと思い、わざと体力が消耗しない程度に戦ったのだが予想を上回る数だった為、かなりの時間がかかってしまったのだ。
「…とりあえずここで少し休みましょ。すぐそこからニブルヘイムなんだし。」
レイラは少し疲れた顔をしながらマグニフィカートを唱え、その場に座した。
それを見たソラは、その場にサンクチュアリを展開し万全を期した。
「少ししたら、街に入るからな。」
フルドにも視線で訴えかける。
3人は顔を見合いながら頷いた。
━━━━。

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