〜Cross each other Destiny〜

交錯する運命

第3章
第3話  【盗まれた宝石】

 ドアを開ける、邸内に入る、ドアを閉める。
 すると、外と隔絶されたような雰囲気に包まれる。
 ジェド大神官の邸内は、質素でありながら、どこか高級感を漂わせていた。

「これはこれは、どちら様の客人ですかな?」
 中に入り、少し奥にあるリビングと思われる部屋から誰かが出てきた。
 少し痩せ型の老人の様だ。
「ローガンさんに、中に居るビンセントさんに会うようにと。」
 ローガンが言った様に、そのまま旨を伝える。
 すると、老人は客だとわかったのか、丁重にもてなしてくれた。
「私の名前はマンソン。ジェド大神官の邸宅にて奉公する使用人で御座います。ビンセントさんのお客だとは知らず、名乗り遅れた事をお詫びします。」
 この人もどうやらジェド大神官の邸宅でお手伝いをしているようだ。
 やはり大神官ともなると、お手伝いの数人は普通なのか。
「客ではなく、フォビエと言う少年の件をお伺いしたく参りました。」
 オレらは客ではなく、ローガンさんとのやり取りの事を正確に伝えた。
「――事情は判りました。ビンセントさんは2階に居りますので、お上がりください。」
 マンソンさんは、そう言うと自分の裏側に位置する階段へと招いてくれた。
 ローガンとマンソンさんの態度から見て、余程ビンセントと言う人物は困っているのだろう。
「ビンセントさん、例の件で立ち寄った方々がいらっしゃいました。」
 2階に上がると、マンソンさんはおもむろに声を発した。
 その声に反応して、奥の小部屋からビンセントと思われる背丈のある若い男性が出てきた。
「この方々はどこから?」
 眼鏡と洗練されたスーツからは、知的な雰囲気が醸し出されている。
「私たちはシュバルツバルド共和国からの観光に来た者です。」
 ルーシーがオレの横に出て言った。
 ハイプリーストであるルーシーの方が、こういう場合はいいのかもしれない。
「異国の方々にしか頼めない事ですが、今から話す事は他言無用でお願いしたい。」
 ビンセントがそう言うと、マンソンさんに顔で合図を送る。
 マンソンさんは、ビンセントの言うとおりに階下へと足を運んだ。
「その、フォビエの件はどこから聞きました?」
 椅子に手を配り、オレらに座ってくださいと言いながら、ビンセントは心配した口調で聞いてきた。
「市場の辺りで、その少年が行方不明だと住民たちが話しているのを。」
 オレの言葉にビンセントは、ほっとした表情を見せる。
 何か明かされてない事実でもあるかのように。
「実はフォビエが、フレイヤ大神殿にとって大事な宝石“神の涙”を持って消えたのです。」
 神殿にとって大事な宝石か。
 大神官であるジェドが、こんな失態をしたとなれば、ジェド本人は元より、ビンセントにも危害が及ぶだろう。
「それがバレないように、異国の者、或いはそれを知らぬ者にと?」
 ビンセントは緊張した面持ちで頷いた。
「これがバレたら、ジェド様に影響がでてしまいます。どうかお願いします。どうか…。」
 尋常じゃない慌てぶりに、断ることなんてできなかった。
 元から断るつもりなどないが。
「ではフォビエという少年の特徴とかを教えて欲しいのですが。」
 やはりこれは聞かないとわからないだろう。
「…すいませんが、マンソンとローガン、それに庭にいるジェニーに話を聞いてください。」
「?」
 ビンセントは、どこか体調が悪くなったかのように、奥の小部屋に戻っていった。
「では、私の方からフォビエの事を話しましょう。」
 ―――――

「なるほど、ではマンソンさんが街の中央の商店街にお使いに出してから居なくなったわけですね?」
 少しの間、マンソンさんのフォビエに関する話が続いた。
 フォビエという少年は、10歳ほどの子供で、頭にバンダナを巻いているらしい。
「私から言えるのはそれくらいですいません。」
 マンソンさんはそう言うと深くお辞儀をした。
「では、ローガンさんの所へ行ってきます。ありがとうございました。」
 男性陣が礼をして先に邸宅を出ると、後から付け足すように女性陣も深々と頭を下げた。

 外は相変わらずの熱波だ。
 むしろさっきより暑く感じる。
 邸宅の中の涼しい空気を当たり過ぎた所為だろう。
 だが、ローガンはそんな事気にせず黙々と働いている。
「何度もすいません。あの――」
「フォビエの事か?」
 オレが言うより前に、振り向きもせずに質問を聞き返してきた。
「あ、はい、そうです。フォビエの事です。」
 質問の内容を聞くと、ローガンは少し悩んだ風を見せた。
「オレから言える事は特に無いな。ただ、フォビエは理由もなく何かをするやつじゃないってことだけだ。」
 何か訳があるって事か。
 でもこれは探す手がかりじゃないな。一応気には留めておくか。
「庭の奥にいるジェニーさんに聞くといい。彼女はいつもフォビエを気にかけているからな。」
 終始仕事をしながら応答してくれたローガンは、終わり方もあっさりしていた。
 仕方ない。こんなことじゃ時間が足りないな。
「ルーシー、半分くらい連れて商店街の方で聞き込み頼んでいいか?」
 ソラの件もあるし、こんな所で躓いてるわけにもいかない。
 少し焦らないと。
「オレも丁度そう思ってたとこだ。適当に半分オレに着いてきな〜。」
 ルーシーは手をひらひらさせながら、商店街の方に歩いていった。
「じゃ、残りはここらの周辺で聞き込みだ。」
 ジェニーさんは庭の奥に居るって言ってたな。
 少し庭を進むと、奥に庭を掃除する女性が見えてきた。
 20代の若い女性の様だ。
「フィオナ頼んだ。」
 そっとフィオナの肩を叩いて合図を送る。
「すいません。ジェニーさんですか?」
 フィオナの声に反応して、長いクリーム色の髪の毛が振り返る。
 突然の見知らぬ来客に驚いているのか、女性は振り返るだけで声を出さない。
「あの、ジェニーさんじゃないんですか…?」
 マスミが裏から助け舟を出すように言った。
「あ、いえ…、私がジェニーですけど。旅の方と見受けられますが何か?」
「私達はビンセントさんに頼まれて、フォビエという子供を捜しているんですが、ジェニーさんがその子供の事を良く知っていると聞いたもので。」
「フォビエの事…ですか…?」
 フィオナがフォビエの事を聞いたジェニーは、少し体をびくりとさせた。
「どうかしましたか…?」
 マスミが再びジェニーに聞き返す。
「いえ…。フォビエは良く商店街に行くので、商店街の方たちが何か知っているかもしれません。」
 進展はなし…か。
 まぁそんな簡単に見つかれば、ここまで大事になってもないか。
「お役に…立てなくてすいません…。」
 ジェニーは軽く礼をすると、再び庭の掃除に戻った。
 少し反応がおかしかったが、何かあるのか?
「じゃー、オレらも商店街のルーシーたちと合流するぞ。」

 ―神聖都市ラヘル・商店街―
 乾燥した空気に、太陽からジリジリと放出される熱波。
 それに加え、首都と呼ばれるほどのごった返す人波が、更に暑さを感じさせる。

 ここはアルナベルツ首都ラヘルの商店街。
「安いよ安いよー!」
「取れたての果物が何と50ゼニー!」
 情報収集しようにも、この人だかりじゃどこに誰がいるのかわからない。
 こう見ると、誰もがフォビエの事を気に留める余裕はないんじゃないかと思えてくる程だ。
「わりーじーさん。聞きたいことが――」
「へいらっしゃい!旅の方ならこれなんてどうだい!これは――」
 セネルが声をかけた店の主人は、客かと思ったセネルの声を遮って商品を目の前に持って見せた。
「客じゃねーんだオレは。ちょっと聞きたい事があんだけどいいかい?」
 お返しと言わんばかりにセネルが店主の声を遮る。
「客じゃねーって?じゃーさっさと帰りな!」
 客じゃないと知るやいなや、店主はセネルを店の前から追い払おうとする。
 これじゃどこも同じ調子か。
「わーったよ!買えばいいんだろ買えば!おらよ!」
 周りの活気に負けんばかりの声を張り上げて、陳列されている商品を持って叫んだ。
「はは、お客さん気前いいね!で、聞きたい事ってなんだい?」
 気前のいいヤツだ。
「フォビエって少年の事を――」
「フォビエ?」
 店主の声色が少し変わった。
「フォビエが宝石を盗んだってのはホントなのか?」
 セネルの肩に手を回し、ひそひそと店主が喋りかけてくる。
 やはりフォビエの件は既に外に漏れているのか。
「いや、宝石と一緒に連れ去られたらしい。」
 神官のメンツとやらもあるし、ここはこう言っておいた方が良いだろう。
 むしろこれから神官と会うのに、何か売っておかないとな。
「連れ去られた?身代金か?」
 このオヤジは突っ込みすぎだ…。
「そこまではわからない。だからオレが調査をしている。何か知っている事あったら教えてもらいたいんだが。」
「そういえば、あんたら旅人だよな?」
 突然オレの格好をジロジロを見回してきた。
「そうだが?」
「さっき知らないロー…ガン?とか言う名前の男が、“氷の洞窟”前まで来いって、異国の者に伝えろと言ってたな。」
 ローガン…?あの使用人か…?
 でも確認してる暇はないな。とりあえず“氷の洞窟”か。
「おいラクー!こっちだこっち!」
 主人を前に、後ろにいる皆を呼び寄せた。
「多分当たりだ。」
 『?』
 セネルの言葉にみんながそう思った。
「じーさん、“氷の洞窟”ってのはどこだ?」
「ああ、“氷の洞窟”はな――」
 セネルがオレらの方に振り返って得意満面な顔を見せた。
 ――――――。

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