〜Cross each other Destiny〜

交錯する運命

第2章
第29話  【試練〜自分の道、決められた道〜】

 オレの名前はソラ。
 生みの親は知らない。
 育ててくれた人は神父様。
 名前をくれたのも神父様。
 オレは捨て子。
 ――――。

 “胸に十字架の傷が浮かび上がる”
 この特異な体質を生まれながらに持っていたオレは、気味悪がられ親に捨てられたらしい。
 捨てられた先は多分孤児院のある聖堂だろう。
 そして拾ってくれたのも神父様だろう。
 記憶を遡り、一番最初に思い出すのは神父様の顔だからだ。
 オレは生まれてからずっとこの聖堂に仕えている。
 だから当然プリーストの道を選んだ。
 自分が何を背負っているのかも知らずに。
 ――――。

 ふと目を開けるとそこはプロンテラの大聖堂前だった。
「昔の事なんて…。」
 頭を抑えながら、辺りを見回す。
 しかしそこには誰も居ない。
 《お主は“扉”。そして聖女は“鍵”。》
 空から覆いかぶさるように、声が鳴り響く。
「扉?鍵?何の事だ?」
 誰ともわからない声の主に、疑問を投げかける。
 《“鍵”だけでは止まらぬ。“扉”が無ければ、歴史は繰り返す。》
 声の主は訴えかけるように喋り続ける。
 《魔王モロクを倒しても異世界は世界を飲み込む。》
 確かにそう聞こえた。
 じゃあラクは何のために、こんな事を…!
「じゃーどうすればいいんだ!!答えろ!!」
 空に向かって怒号を浴びせる。
 《異世界を止めるには“扉”が必要だ。“鍵”だけでは閉められないからだ。》
 “扉”と“鍵”?
 鍵だけでは異世界を閉められない。
 鍵をちゃんと使うには、扉が無ければならない?
「んー…。聖女聖女…。」
 脳裏に在る人物が浮かび上がる。
 それが疑問を解決する材料になるのか、声の主にぶつけてみる。
「聖女が“鍵”ってことはフィオナか…!?」
 《お主がそういうのならばそうであろう。》
 声の主は、驚くオレを他所に喋り続ける。
 《異世界の侵食を止めるには、“扉”である人物が強力な結界を敷き、そこに“鍵”である聖女が血を捧げる事。》
 血だと?生贄にしろってか?
「血ってことは、死ねって事か…?」
 微妙な間が、オレに恐怖を与える。
 《聖女は血を与えるだけ。命は落とさない。お主たちが生贄に捧げているのは、より強力な“鍵”としての効果を求めているだけだ。》
 ほっと胸を撫で下ろす。
 が、声の主は構わず喋りだす。
 《血だけで済むと言ったが、それは“扉”があってこその結果である。》
 “扉”が居ないと“鍵”が多くの犠牲を伴うって事か…。
「“扉”のヤツはどうなるんだ?」
 恐る恐る聞いてみる。
 《“扉”の者は命の保証は無い。ただ“鍵”である聖女の命は助かる。》
 片方は生きて、片方はわからない…か。
「それで、“扉”ってのは誰なんだ?」
 《…。》
 声の主が少し間を置いた。
 置いたのか、置かざるを得なかったのかはわからない。
 だが、この間がオレに緊張を張らした。
 《“扉”はお主。》
「!!」
 突然の事に声が出ない。
 頭の中が真っ白になる。
「何でオレなんだ?それに今までに“扉”の資格を持つ者が現れなかったのは何でだ?」
 《証は胸の十字架。お主に現れたのは偶然か神の悪戯か。はたまた魔王モロクの呪いか。》
 声の主のいい加減な発言が癇に障った。
「ふざけるな!神は人の命を弄んでいいってのかよ!」
 《嘘に決まっておろう。》
 冗談めかした声で言った。
 《“鍵”は神が残した手段であり、それに対抗したものが“扉”であり、魔王モロクの呪い。》
 こいつが言うには理由があるらしい。
 ――――。

 人が創造られる遥か昔。
 今オレらが存在する人間界は、人間が付けたモノに過ぎず、かつては神々や動植物たちが暮らす世界であった。
 しかしある時、異世界(魔界や地獄や巨人やエルフの世界の総称)から魔王モロクを始とする悪魔が、この世界に現れた。
 神々はそれらと対立し、その対立はやがて戦乱を巻き起こした。
 長い年月をかけ、神々と悪魔たちの戦いに幕が下りる。
 ここで神々は事の発端である魔王モロクにある制約を課した。
 それが『生贄による封印』である。
 強大なる魔王モロクゆえに、封印の形を取る事にしたのだ。
 当時は人間は存在していなかった為、生ある動物を捧げていた。
 この制約を呪った魔王モロクは、仕返しと言わんばかりに、この世界への異世界侵食を始める。
 同時に魔王モロクは、神々の血を引き継ぐ『生ある者』に呪いをかけた。
 これが“扉”の資格を持つ者の事である。
 “鍵”のみでは、魔王モロクを封じたり倒したりする事ができたとしても、“扉”無くして異世界侵食を防ぐ事はできなくなったのだ。
 しかし神々たちには容易な制約であった為か、当時は何の問題も無く、次第に“扉”の資格を持つ者の血は薄れて行った。
 そして神々が神界に移り住み、元在る世界に人間を創造した。
 資格を持つ者が次第に消えてきた次代、丁度タナトスが居た時代、魔王モロクは再びこの世界に現れた。
 しかし人間界にある古文書などには、既に“扉”の事に関しては一切書かれておらず、“鍵”の存在だけしか知られてはいなかった。
 神が放置したからである。
 これにより、“鍵”を強く求める人々の願望が強くなり、“鍵”の資格を持つ者を逃がしたりすると重罪に及ぶ様になった。
 この被害者がタナトスである。
 しかし、宗教を重んじるアルナベルツ教国の存在や、発掘され始めたオーディン神殿により、“扉”の存在が徐々に姿を現した。
 だが、薄れた血によって“扉”の資格を持つ者が現れるのは、神頼みしかなかった。
 そして現れた。
 ――――。

 裏の話が終わる。
 しかしやけに落ち着いているのは何故だろう。
「じゃあオレは死ぬ運命なのか?」
 淡々と口が動く。
 《それはわからない。我は神ではないのだから。》
 決められた運命に従うか、己の命が欲しいか。
 どっちかと言われれば命だろう。
「“扉”と“鍵”があれば、魔王モロクを倒したとして、更に異世界の侵食を防ぐ事はできるんだな?」
 だけど皆が命を懸けている。
 “扉”の資格が無くとも、運命は決まっているだろ。
 《魔王モロクは消え、異世界の侵食を止める事ができる。ただし開いた分は失くす事はできない。》
「要は開けさせなければいいだけの話だろう。」
 心の中で、自分が笑っているのがわかった。
 抗う運命の中でも、目指すモノを目指せるからだろうか。
 《お主は世界が必要としている“扉”の資格を持つ者。聖女と同じく選ばれた宿命の子。》
 フィオナと同じく宿命の子か…。
 命の保証は無いと言われたら、逃げ出したい気持ちだが、なんだか心地良い。
 親に見離され、神父様や聖堂で育ってきた。
 そんなオレを世界が必要としている。
「最高にカッコイイ役じゃねーか。引き受けなかったら、男がすたるってモンだろ。」
 思わず笑みがこぼれる。
 《その決意しかと見届けた。己の運命を見届けに行くがよい。若きプリーストよ。》
 その言葉を最後に、その場が静まり返る。
 暗闇の世界で、オレの気持ちは高揚していた。
 その気持ちを受け取ったかの様に、世界が反転した。
 ――――。

 凛とした空が広がる。
「…。」
 空を眺めていると、自分の気持ちも同じ様な事に気付いた。
「貴方の運命は、神でも変える事はできません。」
 目の前にランドグリスが現れる。
 彼女の言葉に、先ほどの試練での言葉が軽くなった気がする。
 “扉”の資格を持ったことで運命が決まるわけじゃない。
 そうランドグリスが言っている様に聞こえた。
「死ぬ運命でも、オレのやることは変わりませんよ。」
 魔王と戦うのに死ぬ覚悟があるのは当然だろう?
 今更何を突きつけられても、オレのやる事に変わりはないんだ。
「貴方はアークビショップですが、自分が“扉”の資格を持つ者だと言う事を忘れないでください。」
 彼女はそう言いながら、オレに近寄ってきて何かを差し出した。
「これは?」
「“扉”の資格を持つ者として、その使命を全うする時に必要になる物です。」
 一見普通のロザリオにしか見えないが、どこか神々しさが感じられる。
 神聖な神々しさではないが。
「これはグランドクロス。聖なる加護が秘められている十字架形の武器です。皆には皆の。貴方には貴方の道が。」
 渡されると同時にそれは光となって、胸の文様に吸い込まれた。
「貴方が必要とする時に、願い思えばそれは形となります。」
 なるほど。
 しまっておけるわけか。
「皆にはわらわが言いますか?それとも――。」
 ランドグリスが気を遣ってくれたらしい。
 だけどオレには…。
「いえ、時期が来たら自分で言いますよ。」
 少し辛いが、不安は無かった。
「運命か…。」
 空はオレの気持ちを表すかのように晴れ渡っていた。
 ――――。

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