〜Cross each other Destiny〜

交錯する運命

第2章
第28話  【試練〜力〜】

 昔から鍛冶屋の仕事は苦手だった。
 それでも今は、鍛冶もできるようになった。
 今は鍛冶で人の役に立つ事ができる。
 だけどそれまでは、力を求めた。
 オレにもできることが欲しかったから。
 ――――。

 何も無い暗黒の世界。
 地面を踏んでいるが、全てが暗闇に閉ざされていて感覚が掴みにくい。
 《セネル。主には善悪がわかる様だな》
 突然声が響く。
 頭にじゃなく、この暗闇の世界に。
「何だ?」
 《主の試練は至って簡単》
「内容は?」
 何故かオレの心はとても穏やかだ。
 緊張の欠片もない。
 《これから召還されるモノを全て撃破すること》
 戦闘か。
 ホワイトスミスのオレだが、鍛冶よりも戦闘のが得意だ。
「いつでもいいぜ。」
 少し間が開いてから、声がまた響いた。
 《力は正義。だが時には悪にもなる。力に呑まれてはならない。強大な力を持つほど危険は増す。》
 そんな事はわかってる。
 暴走するラクも見たことある。
「ラジャー。」
 誰も居ない場所で、一人声の主に向かって敬礼した。
 ドクン…ドクン…――。
 少しずつ鼓動が速くなる。
 《では行くぞ》
 四方に魔法陣が現れ、そこから光が吹き出す。
 イィィーーン…――。
 徐々にモンスターたちが姿を現していく。
 数は多いが、それほど強力なモンスターでは無さそうだ。
「へへ…。ちゃっちゃと戦ろうぜ…!」
 カートからグレイトアックスを持ち上げ、目の前に居る敵に向けて構える。
 オレを見てモンスターたちも臨戦態勢に入る。
「ウボオオオオオオ!!」
 ミノタウロスが巨大な槌を振りかざす。
 巨大な槌での攻撃はかなり強力だが、攻撃速度がとても遅い。
 振り上げると同時に懐に入り込む。こうすることで、前方の敵の攻撃を減らす事も兼ねている。
 ザシュ…――。
 下から斧を一閃し、ミノタウロスの身体が割れる。
「ワウワウ…!!」
 持ち前の脚力を生かした跳躍をするウサギが頭上に現れる。
 スプリングラビットと呼ばれるこのウサギは、二足歩行をする上に、格闘家の様なパンチを繰り出してくる。
 グルグル腕を回しながら地上に落ちて来た。
「よっと…。」
 斧の表面でパンチを防ぐ。
 斧を介してビリビリと衝撃が伝わる。
 そのまま巨大なグレートアックスを軸にして、とび蹴りをかます。
「ガルルルル……。」
 毛を逆立てた子供の狼が一匹。
 口から冷気を吐き出すと同時に、飛び掛ってくる。
「ベベちゃんか…っよ!」
 狼は、全身が氷でできている氷の魔獣ハティーの子供である。
 冷気を横に跳んで避ける。
 グレイトアックスを盾にするように、カートを漁り、小振りの斧を取り出して上に跳ぶ。
「らああああーーー!」
 上空で斧を円を描くように横に投げ払う。
 ヒュンヒュンヒュン…――。
「ワオオオーーーン…――。」
 ベベが断末魔を上げるとほぼ同時に、何かが暗闇を切り裂き飛んでくる。
「って…!」
 オレを通過するようにそれは飛び去る。
 飛び去るそれはどうやら矢の様だ。
 後ろを振り向くと、レイドリックアーチャーが数匹固まって狙撃をしているのが目に止まった。
「レイドアーチャーごときがあああ!」
 ヒュンヒュン…――。
 後ろからトマホークが返ってくる。
 右腕を後ろに反らせ、戻ってきたトマホークを追う様に後ろから掴む。
「鉄くずになっちま…っえーーー!」
 飛んできた力プラス、オレの腕力を小さなトマホークに乗せる。
 ヒュヒュヒュン…――。
 飛んで来る矢を吹き飛ばしながら、トマホークは突き進む。
 ズガガガ…ガシャァァーン…――。
 トマホークは鎧を引き裂きながら、レイドリックアーチャーの周りを旋回する。
「ウオオオーーーン…――。」
 断末魔を上げながら、鎧がガランと床に落ちる。
「これだけ多いと逆に面倒だな。」
 着地するまでに辺りを見回す。
 結構倒したはずなのに、まだまだモンスターがオレを取り巻いているのが見えた。
「ヴア”ア” ア”ア” ア”ア”―――!!」
「グロ”ロ”ロ”ロ”――!!」
 スケルプリズナーやイグアナ、他のモンスターたちも威嚇を飛ばしながら、じりじりと近寄ってくる。
「だるいねどーも…。」
 一呼吸置いてから斧を構える。
 トマホークを真正面の群れを割るように投げ、それに続き駆けた。
「軽く蹴散らしてやるってば…っよおおお!!」
 別けた群れの一つに狙いを定めてグレイトアックスを振り上げた。
 ――――。

 頭に自分の鼓動が流れる。
「ハァ…ハァ…ハァ…。」
 時折肩で呼吸をすると苦しくなる。
 耳障りな呼吸音が耳と体内に響き渡る。
「これで…ハァ…終わり…か…?ハァ…ハァ…。」
 手を膝につけ、前にかがむ体に逆らい、顔だけを上に上げる。
 周りには無数のモンスターの死骸が転がっていた。
「全部…らしい……あれは…?」
 モンスターが全部死骸であることを確認している時だった。
 人の形をした何かがそこに立っている。
「オレ…?」
 少しずつ近づいてくるその姿は、肌や衣服などの色が反転しているだけで、他は何も変りなかった。
 まぎれもなくオレ自身だ。
「セネルは一人で十分だぜ?」
 ある程度まで間合いを詰めてきたヤツが言った。
 ブォン…――。
 何の合図も無く、偽セネルがオレに近寄り斧を振り下ろす。
 ガキィィン…――。
「これも試練…か。」
 自分の力量はオレが良くわかっている。
 普通のザコならば、片手で斧を持って止めていただろう。
 しかし相手がオレ自身となれば、両手持ちじゃないと防ぎきれない。
「この強大な力はオレのモンだ。」
 偽セネルは体を捻るように反転させ、斧を横から腹に目掛けて振り払ってくる。
「テメーはオレの一部の悪役って所…かな!?」
 横から飛んでくる斧を下にしゃがみ、両手を地面につけ両脚で斧を上に蹴り上げる。
 偽セネルの右手と斧が宙に浮き、がら空きになった懐に駆け込む。
「この程度かよ!」
 ヤツは右手から斧を放し、そのまま後ろにバク転する。
 すかさずトマホークをヤツに向かって投げる。同時にヤツが残した斧を取りに跳ぶ。
「ちぃ…!」
 斧が突然オレに向かって弾かれる。
 持っていたグレイトアックスの刃部分を自分の前に置き盾にして防ぐ。
 キィィーーーン…――。
「へへ…。」
 弾き終わると同時にヤツの声が斧の向こう側から聞こえた。
 同時に斧ごとオレの体が後ろに飛ばされる。
「消え…っろおおおお!!」
 両手に持ったトマホークをオレに向かって、空中で振り飛ばした。
 避けたいが空中じゃ身動きが取れない。
「甘いっ…てんだああああ!!」
 グレイトアックスを地面代わりに足で蹴る。
 トマホークの軌道を極限まで見極めて、ジャンプする方向を決める。
「オレの考える事なんてオレにはわかるってんだ。」
 グレイトアックスを地面にバク転して、ヤツの方向に振り向く。
 向ってくるトマホークに微妙に誤差がある。
「1…2…3…。ココだ!」
 右方向から向ってくるトマホークの回転を数えてキャッチする。
 続いて左方向から向ってくるトマホークも同じ要領で掴み取る。
「お返しだ…ッバカヤロウ!!」
 投げると同時にオレが逸早く着地する。
 まだヤツは空中のままだ。
 着地と同時に脚に力を入れる。そして着地地点に向かって駆ける。
「くっそ…!」
 ヤツは舌打混じりに、両腕に少量の血を滲ませ降りてくる。
 それを見てグレイトアックスを構える。
「らああああ!!」
「まだまだああああ!!」
 ブシュ…――。
 脚にオレの一撃を食らいながらも、体を横に持っていく。
 キィィーン…ガァァーン…――。
 カートからトマホークを取り出す。
「軌道がみえみえだってんだ…!」
 グレイトアックスがその声と共に弾き飛ばされた。
 そのまま一回転して左から斧を叩き込む。
 ギャィィーーン…――。
 またも斧が弾かれ、逆に右腕に痛みを走らされた。
「終わりだ…!」
 痛みで少し体が硬直する。
 その隙を突かれ、偽セネルは勝ち誇るかの様に斧を振り上げる。
「テメーがな…。」
 ヒュンヒュンヒュン…――。
「なっ…んだ…と…?」
 偽セネルは驚いた顔をして後ろを振り返る。
「まだまだだなオレも。ハハ…。」
 オレの苦笑いにヤツが呟いた。
「斧の軌道を…わかりやす…くしたの…は…コイツの…囮か…。」
 倒れこむ偽セネルの背中には、トマホークが刺さっていた。
「まーな。」
 先ほど斧を3,4回弾かれたのはわざと。
 グレイトアックスは、斧の刃部分が自分の前方が隠れるくらいでかい為、死角を作りやすい。
 そこの逆を突いたのだ。
 ようは、弾かれている間に、トマホークを死角から投げ、後は時間稼ぎ+注意を逸らすために芝居を打っていたのだ。
「ここまで鮮やかに…やられちゃー仕方ないわな…。へへ…。」
 イィィィーーーーン…――。
 捨て台詞を残して、オレの分身は光になって消えた。
「これで終わりだろ?疲れたぜ…。早く出して貰いたいんだけどな。」
 最初に響いた声の主に向かって呟いた。
「おっと…。」
 体が宙に浮くと同時に、漆黒の世界が反転した。
 ――――。

 視界には青空と壮大な雲が広がる。
「ふぃー…。疲れた…。」
 試練から戻ると、オーディン神殿で大の字で横たわっていた。
 やっと終わったと思うと、そのまま起き上がる事ができなかった。
「セネル。左腕を。」
 突然ランドグリスの声が耳に飛び込んできた。
 その声の通り、左腕に顔を向けた。
「おおおおお?何ですかコレは…!?」
 オレの問いに、ランドグリスは翼をはためかせながら近寄ってくる。
 羽ばたく度に落ちる羽が宝石のように光る。
「それはトールのグローブ。雷神トールが使っていた物。」
 見ると、グローブには雷の文様が手の甲部分に烙印されている。
 雷神トールは、雷の神にして最強の戦神とされていて、このグローブをもってして、様々な物を精製したとされている。
「それはそなたが試練を乗り越えた証である。」
 左腕の感覚が、以前腕を切り落とされる前と変らない、いや、それ以上の力が漲っているのがわかる。
「それとこれを…。」
 ランドグリスが掌に何かを出した。
「これはライトイプシロン。」
 手渡されたのは儀式用によく使われると言われる聖なる斧。
 聖なる力が込められているらしい。
「戦いは命を奪うためだけにあるわけではないという事はわかっていましょう。この斧はそれがわかる清き者の為の物です。」
 彼女は、オレの頭の上に掌を置き、祈るようにして言った。
 同時に体が光に包まれるかのように輝きだし、疲労が抜けていく感じがした。
「お世話になりました。」
 彼女に深くお辞儀をして、皆を待つことにした。
 ――――。

 力には“善”と“悪”がある。
 オレの力はどっちだ?
 どっちでもない。
 善と悪のどちらが良い悪いはわかるが、どちらでもない。
 オレの力は“皆の為”に存在する。
 ――――。

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