〜Cross each other Destiny〜

交錯する運命

第2章
第27話  【試練〜アイデンティティ〜】

 聖職者プリースト
 清廉高潔に身を包み、邪を滅し、聖を広める。
 自分の人生の大半を教義や信仰のために送る。
 神に尽くし、神に奉仕し、神に信仰と忠誠を誓いし者。

 カァァーーン…カァァーーン…――。
 暗黒の世界に、鐘の音だけが鳴り響く。
「ん…。ここは…。」
 暗闇が瞼を閉じている事にあると気付いて目を開ける。
 ヒュウーーーー…――。
 目を開けると、そこはどこかの教会のようだった。
 そこは人の気配が無く、オレの後ろ…、ドアの開いている入り口から風が吹いているだけだった。
「オレの記憶の中なら、見覚えがあるはずなんだが…。」
 頭をぼりぼりかきながら、頭の中の記憶を掘り返そうとする。
 しかし、思い出せない。
 肝心な時には何一つ思い出せずに、どうでもいい時に思い浮かぶのと同じ事だろう。
 《聖職者ルーシー=ローティス》
 突然声が鳴り響く。
「…!!」
 教会の奥のステンドガラス。
 ガラスに彩られる絵は、神を崇拝するものがほとんどだ。
 《お前は何故この道を選んだ。》
 声が響くたびに、ステンドガラスに彩られている絵が形を変える。
 神から堕ちた天使、天使からただの人間、そして…。
「姿も見せないヤツに答える義理はねーよ。」
 《大層な口の聞き方だな。》
 ステンドガラスに浮かぶ人間の姿が、悪魔へと姿を変えていく。
 ズズ…ズズズ…―――。
「テメーは…。」
 巨大な十字架が吊るされている前に、その悪魔が姿を現れた。
 本体である自分も不死であり、身体にも無数の骸を鎧とし、足元には自分を魔界から具現化するための魔法陣を敷いている。
「ダークロード…!!」
 《さて、話でもしようか。若きプリーストよ。》
 そいつは空中で腕と脚を組んで、話をしようとくつろぐ姿を見せた。
 ダークロード。
 オレの目の前にいるのは、その思念体。
 ダークロード本体は魔界に居て、魔法陣を敷き、そこからこちらの世界に具現化しているのだ。
 思念体と言っても、魔界の王。
 強力な魔法や攻撃を放つ上級モンスターである。
「聖職者であるオレが、悪魔であるお前と話す事なんかねーよ。」
 普通の聖職者としては、言葉遣いを除けば別段変りは無い。ただの常套文句だろう。
 《それはお前の本音か?》
 ダークロードがぶしつけに質問を投げてくる。
「何だと?」
 オレの疑問に笑みを零すダークロードは、そのまま話を続ける。
 《お前は親類が聖職者という理由で、聖職者を演じているだけではないのか?》
 そんな事は無い。
 だがその一言が口に出ない。
 それを見てダークロードは口を開いた。
 《お前は確かに聖職者の素質はある。だがそれだけだ。》
「オレに悪魔の手伝いをしろってか?」
 ダークロードが誘導する風を見せた。
 しかしオレはそんな事じゃ動じない。
 《そうではない。したい事をすればいい。》
「知った風な口を聞くんじゃねーよ。」
 心に動揺を隠し、オレは喋る。
 悟られないように。
 《お前は実際、戦う事を楽しんでいる。》
「…。」
 ダークロードの表情が、段々と卑しく歪んでいく。
 《亡者を滅却する時のお前の顔は、戦いを楽しむかのように笑顔を浮かべている。》
「そうかもな…。だが…――。」
 オレは静かにマグヌスの詠唱を始める。
 《己の欲求に抗う事は、人生をも抗うと言う事。》
「神よ、我らに仇名す悪に裁きを。邪を滅する力を!マグヌスエクソシズム!!」
 マグヌスをダークロードの真下に放つ。
 《したくもない聖職者をしている所で、神への冒涜となるだけだぞ。》
「オレは神なんて信じていない。」
 オレの答えにダークロードは疑問を投げかけてくる。
 《ではなぜ、お前は聖職者を選ぶび突き進む》
 自分でもわからない。
 親が神に仕える身だからか?
 周りの環境がそうだからか?
「お前には関係ないだろう。」
 《勝手な理由で我々を滅却するお前にそれを言う資格があると思うのか?》
 ダークロードの笑みが消え、代わりに憎悪が現れる。
 《私に楯突いた事を後悔するがいい。》
 オレを囲むようにして魔法陣が無数に敷かれる。
 これは召還魔法か?
 《死を持って償え。若きプリーストよ。》
 イィィィーーン…――。
 魔法陣から生えてくる様にモンスターが次々と現れた。
 悪魔のプルス、スコグル、インキュバス、サキュバス。
 そして不死の、デッドリーレイスやカーリッツバーグや、エンシェントマミー、デュラハンなどが姿を現した。
 《塵埃と散れ。》
 それが合図かのように、モンスターが一斉に襲い掛かる。
「汝、邪を隔絶する力を欲する。出ろ!セイフティーウォール!!」
 足元に敷き、マグヌスを唱える時間を稼ぐ。
「ガアアアアアアーーーー!!」
 デッドリーレイスの巨大な口が目の前に迫る。
「――…神よ、我らに仇名す悪に裁きを。邪を滅する力を!マグヌスエクソシズム!!」
 セイフティウォールでその一撃を防ぎきり、直後にマグヌスを自分中心に放つ。
 モンスターが多数消えゆく中、オレは一つの感情に疑問を抱いた。
 何でだ?
 モンスターが目の前で倒れるだけなら、何も感じないのに。
「自分で倒すと何で…。」
 ヒュン…――。
「主よ、聖なる力を以てして彼女を護りたまへ!アスムプティオ!!響け神の鐘!エンジェラス!」
 視界ギリギリの所に、カーリッツバーグの剣が見えた。
 アスムとエンジェラスを続けて唱えて、ヤツの攻撃に備える。
「ちぃ…!」
 セイフティウォールが消えかかってる。
 ヤツの一撃を防げたとしても、他のヤツに殺される。
「出ろ!セイフティーウォール!!」
 自分の近くにもう1枚敷いて、そこに乗り移る。
「消えろ!マグヌスエクソシズム!!」
 聖なる光が次々とモンスターたちに降り注ぐ。
 そしてそれはモンスターたちを苦しめ、死に追いやっていく。
「オオオオオオーーーーン…――。」
「ギャアアアス…。」
 何でこんなにも優越感に浸ってしまうんだ…。
「ちくしょう…!」
 《自分の本能は否定しきれまい。》
 ダークロードが嘲笑の笑みを浮かべて、こちらに視線を向ける。
 ヤツはまた調子を取り戻したかのように、余裕を見せていた。
「うおおおおお!!」
 ――――。

 10年前
「父さん、滅却って殺すって事?」
 当時のオレは滅却なんて難しい言葉の意味を知らなかった。
 それゆえ、神父である父親に良く話を聞いていた。
「滅却とは、相手を浄化させる事。言わば魂を綺麗にする事だよ。」
 マグヌスの事をこう話していたのを聞いたことがある。
 が、当時のオレにはその優しい説明をも理解できなかった。
「魂を綺麗にしたらどうなるの?」
 オレは答えを聞くと、それを次から次へと質問に変えて投げつける。
 父さんは困った顔をしばしば見せた。
「審判にかけて、罪を断たせて、また次の命へと変えて行くんだよ。」
 言葉が見つからなかったのか、父さんはあえてそのまま難しい言葉を並べて言った。
 オレはそのままわからなくなり、聞くのを辞めた。
 時期わかるだろうと思い。
 ――――。

 《戦いに身を投じろ!そしてその心を黒く染めろ!》
 ダークロードが詠唱中のオレに向かって叫んだ。
「へへ…。思い出したぜ…。」
 不思議と笑みが毀れる。
 何かを見つけた時の感じだ。
「聖なる光、邪を隔絶する聖なる壁を!彼等を護りたまえ。バジリカ!!」
 オレは咄嗟にマグヌスからバジリカに変える。
 モンスターたちは後ずさりや、壁にひたすら攻撃を仕掛ける。
 《何を言うかと思えば。気が触れたか?》
 ダークロードの卑しい笑みも、最早オレには眼中になくなっていた。
「マグヌスで滅却するって事は殺す事じゃねーんだよ。」
 《クク…フハハハ…!!聖職者は殺しもするし、嘘もつくようになったのか。》
 高笑いが教会内に響き渡る。
 徐々にバジリカの壁が薄れていくのが見えた。
「滅却ってのは、腐っちまった魂を綺麗に浄化するんだ。」
 バジリカの壁が薄れるのを見て、少しずつ詠唱を始める。
 モンスターたちはバジリカが消えるのを、嬉しそうに待っていた。
「浄化ってのは、神々の審判にかけ、今までの罪を断たせ、また次の生命へと変えてくんだとよ。」
 《今度は戯言を抜かすのか?》
 ダークロードの言葉から、ビリビリとプレッシャーが伝わってくる。
 それと同時に、モンスターたちも臨戦態勢に入る。
「それが浄化すること。だからオレは殺しを楽しんでいるわけじゃない。」
 シュウウウーーー…――。
 バジリカが消えた。
 《死ね。》
 ヒュ…――。
 サキュバスとインキュバスの鋭い爪、いや手刀が左右から迫る。
「主よ、我に断罪する力を。審判の時を…。」
 エンシェントマミーが呪いの祝詞を叫ぶ。
 同時に黒い魂の様な物がオレ目掛けて飛ばされる。
「裁きを受け、罪を償え!そして次の生命へと!邪悪なる魂に聖なる光の道標を!ホーリージャッジメント!!」
 オオオオオオオオーーーー……―――。
 モンスターを囲むように法衣を纏った天使が4人現れる。
 それは装飾された儀式用の剣を1本ずつ持ち、それをもってして魂を裁く。神界の審判者。
 名をジャッジメント。
 《貴様はプリーストじゃないのか!?》
 4人が剣を振り上げ、そして4本の剣筋が重なるよう中心に向け振り払う。
「オレは神を、いや、仲間を信じるただの人間だ。」
 モンスターたちは砂となり風に乗って天に舞う。
 亡きモンスターたちの魂だけが残り、それもやがて祀られるように空を舞った。
「失せろダークロード。」
 《ただの人間風情が私に勝てるとでも思っているのか!!》
 ヤツは両の掌を合わせ、巨大な邪気を溜める。
 オレはジャッジメントの剣を取る。
「お前の出番はもう終わったんだよ。」
 本来聖職者は、剣などの刃物は使わない。
 だがオレは聖職者ではない。
 剣を構え、それをダークロードの胸に突刺した。
 ブシュ…――。
 《クク…ハハ…フハハハ…!》
 ダークロードは勝ち誇った笑みを残して消滅した。
 役目を終えたかの様に、ジャッジメントの4人も光となり消えた。
「ふぅ…。」
 溜め息をついた直後、身体が宙に浮く。
 そして視界は暗黒に包まれる。
 ―――。

 スタ…――。
「しんどい試練でしたよ。」
 オレは目の前にいる彼女に苦笑いを浮かべた。
「だが貴方はそれをやり遂げました。」
 そう言うとランドグリスは、何かを取り出した。
「これはホーリーステッキと呼ばれる杖です。」
 彼女が差し出した杖は黄金に輝き、先端には光る球体がついている。
 とても神聖な気が発せられているようだ。
「これは我が主オーディンのルーンで作られた退魔や滅却を目的とした杖。」
 そう言われると、さっきより、より一層輝きが増したように映る。
「これはジャッジメントとなった貴方に相応しい。受け取ってください。」
 ジャッジメントとなった証。
 そう言われたのがとても嬉しかった。
「どうも。」
 頭を下げながら、その杖を手にする。
 重量感があるものの、どこか力が湧いてくる様な感覚も受けた。
「あなたの試練はこれで終わりです。休んでおられよ。」
 ホーリーステッキを腰に括りつけた。
 オレはそれを自分で眺め、優越感に似た達成感に浸る。
「……どうも。」
 ――――。

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