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第2章
第26話 【試練〜失うことの怖さ〜】
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大切な“事”や“物”、それに大切な“人”。
それらは誰にでもあることだろう。
他人から見たら大也小也あるが、それは確かに存在する。
だが“それ”は、人の意志とは無関係に、突然消える事もある。
人々が何気なく使っている、鉛筆や消しゴムの様に少しずつと…。
或いは、神隠しにあったかの様に突然に…。
《フィオナ。》
誰かが私を呼んでいる?
ひどく悲しい声をしていた。
――――。
おぞましい邪気が漂っている。
前にも一度この風景を見たことがある…?
血の匂いがどこかからか漂ってくる。
「ここは…。」
突然頭の中にいつかの記憶が蘇った。
――――。
見覚えのあるロードナイトが、誰かと戦っている。
「オレはみんなを護る為に戦っている!!」
その声は確かにラクだった。
誰かがわかると同時に悪夢が起こった。
「終わりだ。」
ザシュ…―――。
「く…っそ…。」
タナトスの凶刃が、ラクの身体を走る。
ラクは力が抜けるように、その場へズシャっと崩れ落ちた。
そして倒れるラクを、タナトスは何度も突刺した。
「いやあああーーーー!!」
――――。
再び視界がひらけた。
「さっきのは…?」
途中から、私の知ってる記憶じゃなくなっていた。
そう考えれば考えるほど、さっきの光景が頭の中に浮かんでくる。
同時に体中に汗が滲んでくる。
《そなたは大切な何かを護る為に、何を捧げる?》
頭の中へと語りかけるように声が響く。
「誰…?」
突然の声に、怖くなって辺りを見回した。
そして気付いた。
「ここは…タナトスタワー…なの…?」
再び辺りを見回した。
時間が止まった様に静まりかえっている。
《そなたの命?それとも別の人の命?別の大切な何か?》
早く答えろ。
そう急かすように、何度も聞いてきた。
「私に何を求めているの…?」
恐る恐る声の主に質問を求めた。
《そなたに求める事は“選択”すること。》
「“選択”すること…?」
《大切な何かを護る為に、何を捧げるか“選択”すること。》
その言葉が合図かの様に、タナトスタワーの自分の居る部屋が息を吹き返す。
「ラク!!みんな…!!」
魔剣士タナトスと戦うラク。
それにタナトスの思念たちと戦うみんなが、私の周りに突然現れた。
ブシュ…――。
「キャアアーーー!!」
セリアの叫びと共にセネルの左肘から下が落ちた。
「主よ、彼に癒しを!!」
セネルにヒールをかけるが、何度やっても効果が現れない所か、私の体がセネルに触れようとしても触れない。
もちろんセリアたちも触れなかった。
「今の私は、皆には見えていないの…?」
嘆く私を構うことなく悲鳴が上がる。
「く…っそ…おおおおおーーーー!!」
クレナイの右わき腹に苦悩の手刀が入っている。
確か苦悩の能力は痛覚をリンクさせるもの…。
「イヤアアアーーー!!」
苦悩の能力に気付いた時だった。
次の場面がどうなるかわかっていたのか、私は思わず悲鳴を上げてしまった。
ザシュ…ブシャアアーーー…――。
「彼に…っ癒しを…!!」
結果がわかっていてもヒールをかけずにはいられなかった。
しかしクレナイにヒールはおろか、声すら届かない。
わき腹をえぐられたクレナイは、やがて地に膝をつき、そして崩れた。
《“選択”しなさい。》
また声が頭に響いた。
「どうやって…?どうやって…すれ…っばいいのよ…!!」
みんなを救いたい一心で、その声に問いかけた。
《心に思い描くのです。自分の“選択”を。》
「心の中に…描く…?」
私が望む事を心に思い起こせばいいの…?
藁を必死で掴む思いで、ひたすら心に念じる。
「みんなを…!みんなをっ…助けさせて…!」
私の思いを無視するかの様に、周りでは悲鳴が鳴り響き、みんなからは血が吹き出る。
「エンブリオ大丈夫!?」
マスミさんの透き通る声が、血なまぐさい戦場に響いた。
記憶を探って、あの時エンブリオさんが居た場所に目を向けた。
「体が…っ!動か…ね…!」
マスミさんがエンブリオの元へ駆けつけようと走り出した。
同時に憎悪がマスミさんに攻撃を仕掛ける。
「…!!」
当然避けられるはずもなく、憎悪の攻撃を食らい特殊能力が発動する。
憎悪の能力は重力加算。
食らうたびに体が重くなり、そして動けなくなったら…。
「わり…。ここま…で…みたい…だ…。」
地に這い蹲るエンブリオさんが苦笑いを浮かべていた。
「聖なる光、邪を隔絶する聖なる壁を!彼等を護りたまえ。バジリカ!!」
マスミさんとエンブリオさんを囲むようにバジリカを唱えた。
しかし無常にも憎悪はそれを何も無いかの様に通過していく。
そして惨劇が始まる。
「ぐっ…はっ…!」
エンブリオさんの胸から、黒いダークマターが飛び出す。
苦しもがくエンブリオさんを見て、何もできない自分に苛立ちがつのる。
「なんでよ…。なん…っで!ヒールが…っ!みんなっ…を…助け…たいの…。」
何もできない自分の無力さに、涙さえ出てこない。
膝をついて自分の弱さに悩む私を、更に追い込むように血飛沫が飛び交う。
《“選択”できないのは、そなたが今までそうやって逃げてきた結果です。》
再び声が脳内に響いた。
「逃げて…?」
《護られるばかりで、何もしてこなかった代償です。》
「私は…っ精一杯やっ…てきたの…!」
頭に流れる声に必死に反論するが、心の中ではそうじゃなかった。
いつでもラクやみんなに護られてばかり…。
「もう…嘆くのは…っ疲れたよ…。」
胸のロザリオが突然光を帯び始めた。
《その輝きがそなたの“選択”する力。》
「これが…?」
心の中に思い描く…。私の望みを…。
みんなを助けたい。
みんなを護りたい。
ラクの力になりたい。
「神様、私に癒す力じゃなく、皆を護る力を…。」
オオオオオオオーーーー…―――。
ロザリオが光を強めて輝きだした。
《あなたは大切な何かを“失う怖さ”を知っている。》
「失う怖さ…。」
《力だけが護る力じゃないという事を覚えておいてください。》
声の主の私に対する呼び方が変ったのに気づいた。
「あなたは…誰…?」
私が再び聞き返すと、その声はぴたっと止んだ。
そしてロザリオの光が場を包み込む。
――――。
ロザリオの光はやがて輝きを止めた。
「みんなは…?」
激しい光によって、目が慣れてない。
少しずつ目を開き、周りを見渡した。
「ありがと…。」
視界には、いつも通りのみんなが立っていた。
それぞれが私に助けてくれてありがとうと言っている。
「助けられたのは私だから…。」
今までの悔し涙が一気に溢れ出す。
「今度は私がみんなを…護るから…。」
その言葉がみんなに届いたのか、みんなは笑みを零した。
ヒュン…――。
私の心が何かで満たされた時だった。
体が足元からふわっと宙に浮いて、そのまま場が一転した。
――――。
ジャリ…―――。
降り立った先は、オーディン神殿の祭壇だった。
「おめでとう。」
後ろからランドグリス様の声が聞こえた。
「ありがとうございました。」
神様の様なランドグリス様に深くお礼をした。
とても疲れていたのに、その美しい笑顔を見たら疲れが取れた様な感覚がした。
「そなたは見事厳しい試練を耐え、そして乗り越えた。」
その言葉が体を包み込む。
何故かとても暖かい気持ちになれた。
「そなたの力は“誰かの為の力”であり、ハイプリーストの“神への信仰”とは異なる。」
ランドグリス様は労うと共に、何かを語り始めた。
それが私には何かわからなかった。
「数々の退魔術は滅却する為ではなく浄化する為の力、そして時には大切な誰かの為に自分の身体を投げ出して戦う。」
そしてランドグリス様は再び笑みを浮かべて言った。
「そなたはアークビショップ。ハイプリーストを超越せし神官。」
その言葉と同時に、私は光に包まれた。
「な、な、なに…?」
光が納まり、自分の姿に目をやった。
ハイプリーストのピンク色に染まった服とは違い、青を基調とし、所々に白色が混じっており、海と空を思わせるような優しい色合いの服に変っていた。
「それがアークビショップの法衣。不死や闇を寄せ付けぬ特殊な素材の法衣です。」
突然の事に驚いたが、私はこの法衣を見て笑みがこぼれた。
試練を終えた実感が少しずつ湧いてきた。
「そして貴方にはもう一つ。」
ランドグリス様は付け加えるようにして言った。
「貴方はオッドアイ。試練を乗り越えた事で発現したのだと思いますが、両瞳の色が違うと言う特殊な体質です。」
オッドアイとは、選ばれた者のみが発現するもので、左右の瞳の色が違うという特異なものらしい。
それが試練を乗り越えた事をきっかけに、私に現れたのだと言う。
「フィオナ、貴方は『宿命の子』であり、『神に選ばれし者』でもあります。これを授けましょう。」
「これは…?」
ランドグリス様は十字架の杖を取り出し、私に差し出した。
「ディバインクロス。選ばれし者のみが真の効果を発揮できると言われるものです。」
ディバインクロスと呼ばれたその杖は、十字架の先端と左右の先端が刃の様に鋭く攻撃用にも使えるものらしい。
そして私だけに発現できる効果があると言う。
「わらわからはもう伝える事は何もない。ゆっくりと休むが良い。」
ランドグリス様は私の頭を撫で、労いの言葉で話を終わらせた。
「やっと…。やっとみんなの力になれる…。」
――――。
『宿命の子』
『神に選ばれし者』
どんな者になっても、私は私以外の何者でもない。
私はフィオナ。フィオナ=エメラルディア。
『皆を護る者』
――――。