〜Cross each other Destiny〜

交錯する運命

第2章
第20話  【信頼】

 “神の住む島”と呼ばれているその島は、フィゲル近海に浮かび、島の中央にはオーディン神殿が聳えている。
 現在は訪れる者がほとんどいなくなり、その地に足を踏み入れる者は、財宝狙いの盗賊か冒険者しかいないという。
 訪れる者がいなくなった島には、いつしかモンスターが住み着き、神殿と言うよりは魔物の巣窟に成り下がった。

 ザザァァ――ン…――。
「あそこの島に何があるかって?」
 漁師が目を丸くして聞き返してきた。
「あの島には宝なんかじゃなく、凶悪なモンスターたちが住み着いてるのさ。行っても命を落とすだけだよ。」
 凶悪なモンスターか。ヴァルキリーは本当にいるのか?
「ヴァルキリーがオーディン神殿に居ると言うのは本当ですか?」
 島の方を眺めながら説明していた漁師が、驚きの声を上げると同時に顔をこっちに向けてきた。
「神に仕えるヴァルキリーか。噂は噂でしかない。見て戻ってきた者など指で数えるほどしかいないらしい。オレは見たことも聞いたこともないさ。」
 見て戻ってきた者はいないか。まあ当然と言えば当然の事だろう。
 神に仕えるヴァルキリーなのだから、領土を荒らす輩は有無を言わず排除するのが普通の事だろうし。
「あの島に船を出してくれる漁師さんは居ませんか?」
 オレの質問に漁師は少しの間悩む風を見せた。
 明日オーディン神殿へ行くのに、どうしても足が必要なオレたちにとってはまさに一大事だ。
「どうしても行きたいのか?」
 漁師は悩んだ素振りを解かずにそのまま喋りだした。
「どうしても行かなければならないんです。」
 後ろにいたフィオナが一歩前に出て、漁師にその旨を伝えた。
 フィオナの熱心な説得に、漁師はついに折れたらしい。
「仕方ない。あんたたちには良くしてもらってるからね。オレが船を出そう。」
 その言葉を聞いたオレとフィオナは胸を撫で下ろした。
 漁師は明日、船を出してくれると約束してくれた。去っていく漁師に頭を下げながら、二人で顔を見合った。

「おーい。明日船出してもらえる事が決まったぞー!」
 ギルドの外から皆に聞こえるように、大きく声を張り上げた。
「おー!おめっとさんー!」
 ファマスが二階の窓から顔を出した。
 それに続いてユウやアーウィンも窓から顔を出して返事を返してきた。
「ただいまー…ってセネル!それ義手か?」
 ギルドに入り居間を覗くと、鋼鉄でできた義手を腕に取り付けているセネルの姿が目に入った。
 セネルが自信に満ちた顔で笑みを浮かべた。
「どうだオレの才能は!バルジとユニーも協力してくれたんだぜ。中にジェムストーンとスクロールを入れて作ったこの…――。」
 どうやらセネルはもうこの前の敗戦の屈辱を払拭したらしい。
 オレはセネルを見て、少し気が楽になったのを感じた。
「おいラク!聞いてるのかこの…――記憶形状スクロールをだな…――。」
 皆はもうこの前の事を気にすることを辞めて、前を見ることを決めたんだ。
「そうだセネル。クレイモア折れたから、カッツバルゲル出してくれないかな。」
「あのデカい剣のことだな。」
 セネルはそう言うと、後ろに置いてあるカートに手を伸ばし、がさがさとたくさんの荷物の中を漁りだした。
 カッツバルゲルはブラッディナイトが使っていた両手剣で、クレイモアと同じくらいの攻撃力に加えて、特殊能力で防御性能が上がる効果が備えられている。
 新しい武器が見つかるまで、暫くはカッツバルゲルで戦おうと思っているのだ。
「ほらよ。これだろ?」
 ぽいっと大柄な剣を投げてきた。
「さんきゅーな。」
 受け取ったカッツバルゲルを鞘から出し、刀身を少しの間眺めた。
「おっし。昼飯にするか。」
 オレがそう言うと、フィオナがばたばたとキッチンに駆けて行く。
 セネルは義手を腕に付け、違和感が無いか念入りに動かしている。
「フィオナさん、すいません遅くなって。」
 ヒナとレンがキッチンに駆けつけた。
 大丈夫ですよーと言った感じでフィオナが笑う。
 二人が駆けつけたお陰か、みるみる昼食が出来上がった。

「それで、オーディン神殿にはどんな敵がいるんだ?」
 アーウィンの問いかけに、アクアが口を開いた。
「神殿というだけあって天使種族や聖属性のモンスターが数多く生息しているらしいですね。」
 ファマスがそれを聞いて問い返した。
「実際行ったことあるやつはいないんだろ?」
「まー仕方ないだろ。オレらは元々王国出身だから、こんな所まで来るのは滅多にないしな。」
 ソラが言い返す。
 確かにソラの言うとおりだ。オレらは王国出身者だし、王国からここまではそう安々と来れるわけでもない。
「思ったんだけど、何でヴァルキリーは人を襲うんですか?」
 ハロルドの問いに、今度はマスミが答える。
「主神オーディンの領地を荒らすものを全て排除するためか、または魔王モロク復活の邪気に当てられたかでしょうね。」
「ってことは、行って見ないとわからないってことか。」
 ソラがうーんと腕を組んで言った。
 フィゲルの街で聞き込みはしたが、誰もが行ったことが無い、または聞いたことも無いとしか言わない。
 今じゃ誰も行かないらしいから当然と言えばそれまでだが。
「ちょっと話ばっかしてたら、せっかくのご飯が冷めちゃうでしょー。」
 アズサが皿に盛られている食事に手を伸ばしながら言った。
「ああ、そうだな。余計な心配はしても意味は無いしな。」
 オレがアズサに従って言うと、みんなはテーブルに乗っているご飯に手を伸ばし始めた。
 明日の事は心配しても仕方ない、言っても無駄だ、と思ったのか話は別の方へと話題を変えた。
「そういえば、西の方にアルナベルツ教国っていう宗教国家があるのは、みなさん知ってますよね?」
 バルジが口を開けて言ったのは、ずっと西に位置するもう一つの国の存在だった。
「アルナベルツは、ルーンミッドガルド王国とはあまり外交もしてないから、ほとんど情報が無いと言ってもいい所ですよ。」
「今でこそ、飛行船などの空路が出来上がって観光とかで、貿易が盛んになったけどね。」
 アクアとアズサが紅茶を飲みながら淡々を語る。
「プロフェッサーのお二人が知らないのであれば、魔王モロクの文献や情報などもあるのではないでしょうか?」
 そうか。何で気付かなかったんだ。
 シュバルツバルドでもルーンミッドガルドでもわからなかったなら、アルナベルツがあったんだ。
「その手があったんですね。」
 リュウが希望に満ちた声を上げた。
「このタナトスの件が全て終わったら、アルナベルツへ行くか。」
「当面の動きは決まったから、後は進むだけだな。」
 ソラはパンをむしりながら、ルーシーはコーヒーを注ぎながら言った。
「まぁなにはともあれ、やる事は決まったな。明日から忙しいから、今日はゆっくり過ごしてくれ。」
 オレはそう言って、みんなに一言投げ交わして席を立つ。
「ラク何処行くの?」
 フィオナが心配そうに聞いてきた。
「少し部屋で寝るわ。」
 フィオナの顔を見て、心配するなと声を投げて居間を後にする。

 《人は裏切る生き物だ》
「…。」
 タナトスが言った言葉が頭にべっとりと染み付いている。
 オレもあんな風になってしまうのか…。魂を明け渡すのか…?
 みんなは、人々はオレを裏切るのか…?みんなを、人々を呪うのか…?
 ギィ…――。
 部屋の入り口から、ドアを開ける音が聞こえた。
「寝てた…?」
 遠慮がちに少しずつ入ってくるフィオナが見えた。
「起きてたから大丈夫だよ。どうかしたか?」
 横になっていた体を起こし、座る態勢を組んだ。
 フィオナはオレの横に座り、だんまりと喋らずに下を向いている。
「どうした?」
「ラクこそ…、何か悩み事あるんじゃないの…?」
 周りには悟られないように、いつもと同じ様に接していたつもりだけど、フィオナにはばれていたらしい。
 無理して深く心配させたくなかった。
「タナトスは、オレの親父の思念を取り込んでいるんだ…。だから姿形も、オレの事も知ってる。」
 突然の告白に、フィオナは返す言葉を失っているようだ。
「親父は…、人々を恨んでしまったが故に、タナトスに取り込まれた。だけどオレはそんな事は今はどうだっていいんだ…。」
 何でそうなったかは、フィオナにもまだ言わないでおくことにした。
 フィオナは慰めの言葉が見つからないらしく、下を向いている。
「人は裏切る生き物だ、ってアイツが言った。オレもこんなことしていつかみん…――!!」
 ドサッ…――。
「フィオナ…?」
 フィオナはオレに覆いかぶさるようにしてベッドに倒した。
 頬に触れる髪の毛が窓から入る風で靡き、フィオナの鼓動が伝わってくる。
「人は裏切らないよ。たとえ皆が裏切っても、私は裏切らないよ…。ラクが信じてくれてるから…。」
「…。」
「それに、みんなも私と同じ考えだと思ってるよ。ラクが信じないでどうするの…?」
 ベッドに顔を伏せたままフィオナは呟く。
 フィオナはオレの頭に手を回し、大丈夫と言いながら頭を撫でた。
 オレもフィオナの背中に腕を回しそっと抱きしめる。
「ありがとフィオナ…。」
 フィオナの体を横に倒し、向き合わせになる。
 慰められているのはオレなのに、向き合うフィオナの目には涙が浮かんでいる。
「フィオナ…。」
 今やっとわかった。
 いつもオレの事を気に掛けてくれるフィオナの気持ちがどんな感じかを。
 そして今度はフィオナじゃなく、オレの番だってことも。
「ラ…――!!」
 フィオナの唇にそっと重ねた。
 いつもが逆だから、フィオナはとても頬を赤らめた顔をしている。
「ありがとな。もう迷わない。」

 タナトス。人は裏切らない。
 親父。裏切ったのは自分自身だ。
 朽ちた英雄たち。オレはみんなを信じる。
 ――――――――。

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