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第2章
第19話 【In want of Strength】
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チュンチュン…チュン…パタパタタタ…―――。
窓から清々しい風がカーテンを揺らし、明るい陽が窓から差し込む。
「…。」
ベッドから立ち上がり、タナトスから受けた傷をなぞりながら確認した。
「恨み…か。」
タナトスから受けた胸の横一文字の傷が、体をすり抜けたかのように背中側に周っていた。
背中の縦の傷と重なったその傷は、十字架を模した形になっている。
「ふぅ…。」
オレは窓から外に顔を出し、大きく深呼吸をした。
タナトスタワーから脱出して数日が過ぎていた。
幸い後衛陣は軽傷で済んだため、プリーストたちによる治癒ができ、絶対安静だけで何とかすんだ。
しかし、セネルの左腕はどうしようもなく、義手や何かをつける以外に方法は無いらしい。
「みんなの容態は?」
みんなが寝ている部屋に行くと、ルーシーたちプリーストたちが治癒に当たっていた。
「セネルの左腕を除いて、みんな大丈夫だ。というか、お前も安静の身だろう。」
ベッドに横たわるセネルを見合った後、思い出した様にオレに言って来た。
「重傷だからって、みんながこんな状態なのに、おちおち寝てられるかって。」
相変わらずだなと苦笑いをしたルーシーは、一呼吸置いて真剣な顔に変った。
「そんでこれからどうするんだ?」
「もう一回挑んだ所で、負けるのは目に見えてる。」
オレの言葉にやれやれと笑いながら、頭をぼりぼりとかき始めた。
「噂に過ぎないんだが、向こうに見える島があるだろ。」
ルーシーは部屋の反対側に歩きながら、窓の外の海の向こうを指差した。
そこには島が浮かんでいるのが見える。そう大きくなく小さくもない島だ。
「島は『神の住む島』と呼ばれてる。オーディン神殿がある島だ。」
オーディン神殿とは、神話の最高神とされているオーディンを祀った神殿である。
そのオーディンとは、戦争と死の神であり、魔術の達人とされている。
「あそこがどうかしたのか?」
ルーシーは良い質問だ、といわんばかりの顔をしている。
「オーディン神殿にはヴァルキリーのランドグリスが居るって噂だ。」
ヴァルキリーとは、神々に使えるアマゾネスの様な女戦士の事である。
ランドグリスとはその中の一人であり、それが神殿にいるらしい。
「ヴァルキリーとは本来死んだ英雄を迎える為に居る存在だが、その英雄を来るべき神々の戦争に備えて修練を積ませる事も、オーディンに仕える彼女たちのやるべき事の一つなんだ。」
「それがどうしたって言うんだ。」
ルーシーは話を続けた。
「オーディン神殿に行って、ランドグリスに修練を積んでもらおうって事だ。」
「危険過ぎないか?」
オーディン神殿は古来よりそこにあり、今では荒れ果てており、物好きな者しか近寄らない島である。
多くのものが命をそこで落とし、全くと言っていいほど情報がないのだ。
「もう負けられないだろう。」
後ろからセネルの声がした。
「オレはこんなになっちまったが、まだ諦めちゃいないぞ。」
低い声には、力強さと自分の無力さを恨んでいる気持ちが込められていた。
一番重傷を負ったのものセネル。一番プライドを傷つけられたのもセネルだろう。だから今一番強くなりたい気持ちがあるのも多分セネルだろう。
「わかった。ただし、傷が全員完治してからだ。」
オレの言葉に、セネルは嬉しそうな顔をして笑った。
そのとき、廊下からドタドタと足音が聞こえた。
「あ、ラクー!絶対安静にしてなさいって言ったでしょ?」
フィオナが部屋に入って来るなり、歩みながら怒った口調でオレに言ってきた。
全然怖くないが。
「じゃールーシーがオレの部屋に来てくれよ。」
そそくさとルーシーを連れて自分の部屋に戻ることにした。
「もう!怪我が酷くなったって知らないからね!」
怒るフィオナに振り向かずに手を振った。
ルーシーは後ろを向いて、ペコペコしているようだ。
「今回の件ではみんなにひどい怪我を与えさせてすまない。」
タナトスタワーから帰ってきて2週間ほどが経とうとしていた。
プリースト陣の治癒に加え、後衛陣の手厚い看病により、みんなはもう私生活になんら問題が無いほどまでに治った。
「負けたのも、怪我を受けたのも全部オレらの力の無さの所為だ。気にするな。」
リュートが腕を組み、目を瞑りながら言った。
「皆も今回の事で力の無さに答えてると思う。」
『…。』
やはり一方的にやられたのと、力を見誤った事に対しては相当傷が深いらしい。
体に見える傷より、精神的なダメージの方が大きいと見ていいだろう。
「魔剣士タナトスは自分で魔王モロクを倒すと言っていた。だからアイツは、復活時期に関しても何かしらの情報を持っているのは間違いないだろう。」
みんなは重たそうな雰囲気の中、必死に耳を傾け、オレの顔に視線と飛ばす。
「もう1回行くことになる。だが強要はしない。」
バンッ…――。
「負けたまま引き下がるわけにはいかないだろ!!」
クレナイが机を叩いて立ち上がった。
「理由がそれだけなら、尚更行かせるわけには行かない。全ては情報採集とフィオナの為だ。頭を冷やせ。」
「ちっ…。」
クレナイが席に座るのを見てから話を進めた。
「もう一度行く前に、修練を積んでおくのは当たり前の話だが、いつもとは勝手が違う修練をしてもらおうと思っている。」
話を本題に入れ、ルーシーの方に促した。
「今回の修練は、修練と言うより戦闘に近い。内容はオーディン神殿のヴァルキリーであるランドグリスとの戦闘か或いは…。」
最も別の何かか。みんなはあえて言わなかったのだと思う。それが避けて通る事ができないものだとわかっているのだろう。
「子供たちは、時間が空いたらオレが稽古をつける。神殿は危険すぎるからダメだ。他のヤツは強制はしない。したいやつだけ名乗り出てくれ。」
少しの間沈黙が流れた。
「オレは行くぜ。」
無くなった左腕を見ながら、セネルは右手を上げた。
セネルの目には恐れや無謀が見当たらなかった。それを皆も察したのか。
「あたしも行くよ。」
「オレも行くぜ。」
セネルの勇気にみんな刺激されたらしい。先ほどの重い空気はどこかに行ってしまったようだ。
「後ろは振り返るだけで良い。止まるのは全てが終わってからだ。」
部屋の隅で立ち聞きをしていたらしいイソラが言ってきた。
「そういえばイソラは何でこっちに?」
「オレらの行動は団長命令だ。気にするな。」
腕を組みながらイソラは笑みを含んで言ってきた。
綱吉はそれに合わせ軽く会釈をした。
「もう帰るのか?」
「ああ、いつまでもこっちに居る事がばれると危ないからな。イズルードのポータルあるか?」
「イズルードなら持ってるぜ。」
アーウィンが席を立ち、イソラに言った。
「じゃーアーウィン、イソラたちを頼んだ。また会おうぜ。」
ギルドから出て行くイソラは笑みを残してポータルに消えた。
「オーディン神殿へは、二日後の昼前に出発予定だ。各自準備をしといてくれ。」
オレの話が済むと同時に、レンたちが食事を運びこんだ。
「じゃー昼食にしましょうかー。」
今まで辛いことは何度もあった。
その度に最後は笑って来れた。
全てが終わるまで、こんな風景が続くのかな。
続かないのなら護ってみせる。そのための力が欲しい。
オレの部屋の片隅には、柄部分だけのクレイモアが淋しげに置いてあった。
―――――。