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第2章
第8話 【裏切り】
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広大な深層の一角でそれは幕を上げた。
キィィン、キィイン―――。
深層の暗いフロアから、剣と剣がぶつかり合う音が聞こえてくる。
「お前の実力ってのはそんなものか?」
セイレンが余裕の表情を浮かべて、クレイモアを振りながらこちらに話しかけてくる。
「お前の実力もこんなものか?」
口調を真似して、澄ました顔で同じ台詞を返すとセイレンは怒りを顔に出した。
「フェイル…。」
怒号を上げるセイレンを見て、思わず昔のフェイルが頭に浮かんだ。
するとセイレンは飽きた様な顔をして言ってきた。
「一人の剣士の話をしてやる。」
セイレンはオレの言葉に反応して、一人でに喋りだした。
「昔王国の首都プロンテラに、フェイルと言う名前の剣士が住んでいた。彼には仲の良い剣士がいた。名をラクティヴと言う。」
「!!」
オレの驚いた顔を見てセイレンはニヤついた。
「二人には共通する夢があった。“王国騎士になって人々を護る”という夢が。」
セイレンの昔話にオレは、昔のフェイルとのやりとりを思い出していた。
「二人は互いに認め合い、そして競い合った。そんな日々が続いていたある日のことだ。彼の両親の仕事の都合で、王国から共和国に引越しをすることが決まったらしい。二人は離れ離れになっても、互いに夢を叶えようと約束した。」
セイレンは話を聞かせてやると言った風に攻撃を緩める。オレもそれと同じく攻撃を緩めて話を聞いている。ハワードは手を出さずにそれを見ている。
「少年が共和国に引っ越してから10年ほどの月日が経った時だ。見事少年はロードナイトまで昇格したのだ。しかしロードナイトになれば、誰しもが騎士団に入ったり、仕事に就ける訳ではない。彼は長いこと仕事に就けなかった。それは何故かわからない。時を同じくして、両親の仕事もプッツリ無くなってしまった。失業したらしい。」
段々とセイレンの口調に力が込められていく。
オレはセイレンの話を聞いて、フェイルの境遇を知った。
「それでも日雇いの仕事で何とかその地で暮らすことはできた。だが決して幸せだと言える生活ではなかった。そこに一人の男がやってきた。若いセールスマンの様な風貌をした男だった。その男は訪ねて来るなり、彼に仕事はどうだと持ちかけてきた。両親も彼も大喜びだった。やっとまともな仕事ができると。男は仕事の内容は一切口にしなかったが、待遇が良い事から、両親も彼もすぐに承諾した。数日後、彼はその男の紹介である大企業の研究所に配属することになった。」
セイレンの口調にどんどん恨みが込められていく。
「彼は何も知らず研究所に入った。胸を高鳴らせながら。しかし案内された部屋には怪しい実験器具が並べられていた。彼は男に尋ねた。『私の仕事は研究ですか?』彼の言葉に男は大声を出して笑った。『研究?ハッハッハッ!お前の様な若造に研究を任せられるか。』彼は少し頬を赤らめて背中を丸くした。『お前の仕事は実験台だ。』男の口調が急に変り、そう言うなり部屋にたくさんの研究員が入ってきた。そして彼を押さえつけ実験台に縛り付けた。彼は必死に叫びを上げた。『何をするんだ!やめろ!』男は彼の叫びを無視して、研究員に命令をした。『こいつを現ロードナイトの人造人間の試作型にしろ。』そして最後にこう言い放った。『親はお前を私たちに売ったんだ。死ぬまで生活を面倒見てやるって約束でな。』」
オレは言葉を失くした。
崖の天辺を掴み損ねた少年が、やっとの思いで崖から這い上がろうとしたときに、崖の上の人は彼を奈落に突き落としたのだ。
「やがて彼はその企業で秘密裏に行われている研究に使われ、体のありとあらゆる場所をいじくられ、生きるのが地獄の様だった。そしてできた。『従来のロードナイトの人造人間より遥かに優れている!!忠実に従い“戦う事”だけが存在理由の最強の兵が産まれた!!』そして男は“それ”に名前をつけた。」
―――――――――――――。
「それがお前か…。」
セイレンは話すのをやめて、オレに向けて殺意をあらわにした。
「そうだ。オレがこの現深層にいるロードナイトの原点であり、被験体であるフェイル=ウェザーだった男だ。」
フェイルはどんな思いでその時を過ごしたんだろうか。レッケンベルへの憎しみ?それとも研究に対する苦しみ?自分を売った家族への殺意?
「両親はどうした?」
オレの質問にセイレンは高笑いを上げた。
「無駄に金を払う必要もないだろ。そう言ってやったら、『お前の手で殺して来い。』そうオレに命令した。命令は絶対服従。だが、嫌じゃなかった。何せ、自分を裏切ったクソな人間を自分で殺せるんだからな。」
セイレンは最早イカれていた。人としてではなく、人造人間としてでもなく…。生物として考えがおかしくなっている。
「あの時の快感と言ったら――。」
「黙れ下衆が。」
オレは心とは裏腹にすごい落ち着いた口調で喋った。
「あ?」
セイレンは気分を害されたのが気に入らなかったのか、オレを睨み付けた。
「フェイルの体だぞそれは。」
「セイレン=ウィンザーって言ってるだろ?お前頭大丈夫か?」
バキャ――。
セイレンの肩部分の鎧が弾け跳ぶ。
「フェイルの体で好き勝手してんじゃねーって言ってんだ。」
オレがいきなり剣速を速めたのに、少し驚いたセイレンは反応が少し鈍った様に見えた。
「オレを倒そうってのか?」
ハハっと笑うセイレンを見て、子供時代のフェイルの笑顔がちらつく。
だが、それは懐かしさを惜しむ感情ではなく、フェイルの体を使っているレッケンベルへの憎しみの感情を産んだ。
「お前をここで…。殺す。」
キィィン!ドガッドシュッ―――。
セイレンの力は、ロードナイトのそれではなかった。
改造されたヤツの体から繰り出される強力無比な一撃は、とても重いもので受け止めるのも容易ではなかった。
「すばしっこいやつだな…!」
セイレンの鋭い突きを後ろに半歩下がって避ける。だがそのままセイレンのクレイモアはオレの顎目掛けて振り上げられた。
「…!」
地面を両足で強く蹴り後ろにバク転してその一撃を避ける。
頬に何か濡れている感触がした。剣先が少し頬を掠めて血が出ているらしい。オレは構わずバク転直後の反動で地面を右足で強く踏み込み、セイレンの懐に潜り込む。
「これくらいで!」
クレイモアでオレの攻撃は横に薙ぎ払われた。
もの凄い力でクレイモアごとオレの体は右に飛ばされた。その反動を利用して浮いた左足をわき腹に一発。
「く…っは…!」
蹴りは食らわしたものの、飛ばされる力そのものは消えず壁に叩きつけられた。
ドガッガラガラ…。
「ぺっ…。」
激突の際に唇を切ったらしい。口に血の味を感じたオレは唾と共に吐き出した。
セイレンは鎧の埃を掃うかのように、パンパンと鎧を叩いている。
「おとなしくここで死ねえええ!」
二人の間に一瞬沈黙が流れたと思いきや、セイレンは怒号を上げて突進をかけた。
オレも変わり果てたフェイルの思いに応える様に、クレイモアにオーラを流し込み、そしてセイレン目掛けて走り出した。
ギィィィン!!
筋力を強化されている分、オーラブレイドで殺傷力を高めて対抗した。
交差するクレイモアは一歩も引かず、ほぼ均衡を保っていた。
「うおおおおおおおおお!!」
「な…!」
セイレンは交差しているクレイモアの刀身を、オレのクレイモアの刀身を軸に奔らせた。両者の間に小さい火球が一瞬だけ現れた。
オレは予想してない攻撃に驚き、一瞬体がよろめき、意識を逆らうように鈍行を辿った。
「お前の顔はもう見たくないんだあああ!」
クレイモアがオレの頭目掛けて突かれた。
「つ…っ!」
胴体を狙われていたら終わりだったかもしれない。体とは違い、顔は危険を察知すると避ける癖が誰にでもある。突然目の前に何かが現れたりすると、目を閉じてしまうのと同じ様に。
「悪いな。手元が狂っちまって。大事な顔に傷つけちまったよ。」
ボタボタと地面に血が滴るのが見えた。オレは顔に手をやると、鼻のちょっと上あたりに横一線に傷があるのが確認できた。
顔とあって傷は大して深くはないが、血の出る量がハンパじゃない。
「気にするな。お前はこれから体に穴が開くんだ。それに比べたら――。」
「…れよ。黙れえええええ!!」
セイレンが逆上してまたも突進を仕掛けてきた。オレはクレイモアを前に構え、そして接触寸前で振り切った。
「剣は剣だけで止めると思うなよ?」
振り払ったクレイモアはセイレンの右腕と胴体の脇で挟まれていただけだった。
セイレンはオレの首を鷲づかみにし、体を宙に吊り上げた。
「終わりだ。」
「が…っ!」
強烈な痛みが左肩から右腰に駆け下りた。
「死んだか?」
「…。」
駄目だ。体に力が入らない。血を流しすぎたか…。腕に力が…。
ガラン…――。
オレの腕からクレイモアが零れ落ちた。
「クク…。ハハ…。アーッハッハッハ…!!」
セイレンはラクティヴの体を持ったまま、狂気に満ちた顔と声で笑い出した。
「もうアイツは駄目だな…。」
ハワードが後ろからそう呟いたのが聞こえた。
その言葉が、オレに向けてなのか、それともセイレンに向けてなのか。
――薄暗い深層には悪魔の様な声が鳴り響いている。