〜Cross each other Destiny〜

交錯する運命

第1章
第44話  【影】

 砂漠の砂が混じり、乾燥した風が吹き荒れる。
 砂漠都市モロクは砂漠を通過するための中継地点として、元々オアシスだった場所に徐々に行商人たちが集まり始め、少しずつ発展を遂げた街である。
 ゆえに、モロクを出ると水という水は無く、どこもかしこも砂だらけで、砂漠しか見えるものは無い。
 昔は砂漠を通り行商人がやって来たが、今はワープポータル、カプラ社による転送サービスなどが発達したため、外を通る人影は無いに等しい。
 だから今回の様な討伐命令が出たのであろう。
 ――――。

「よし、ここからは全速力で半日ほどかけて要塞に向かう。」
 揃った団員たちに向かってそう言った。
「無いとは思うが、砂漠で迷わないようにな。」
 出発しようと思ったとき、思い出すように加えて言った。
「では行くぞ。」
 パシンとペコペコの手綱を鳴らして走り出した。
 オレに続いて皆もペコペコを走らせる。
 南門の前には砂煙が舞い、ペコペコの足音だけが鳴り響いていた。
 ――――。

「フィアンム、怪我は大丈夫だな?」
 ペコペコで砂漠を駆けながら、近くを走るフィアンムに寄り声をかけた。
「大丈夫ですって。心配はいらないっすよ。」
 フィアンムは腕まくりして見せた。
 オレはその様子をやれやれと言った顔で見る。
「隊長。」
「どうした?」
 後ろの方から団員が一人近寄ってきた。
「私たちから見て南西の方角にアサシンらしき男が一人見えますが…。」
 団員に言われてオレは一番隊の後ろ、南西を見た。
「あれか…。」
 確かに言われた方角に一人、アサシンの風貌をした男が歩いているのが見える。
 だが何もされてない状況で、こちらから手を出すわけにも行かない。
「あっちに敵意が無ければ、こちらから攻撃をするわけにも行かないだろう。」
「わかりました。念のため、後ろにも注意を払っておきます。」
 そう言って隊列の後ろに戻っていった。
 一応注意しとくか。
 オレはアサシンらしき男を再び見た。
 動いてる様には見えないが、動いているかもしれない。
 しかしあっちの方角はアサシンギルドがある方角だから、アサシンが任務から戻っているって事だけかもしれない。ただ、あの依頼の時の件があるから、注意は払っておいても損はないだろう。
「…。」
 オレは少し考え込んだ。アサシンギルドとウィザードギルド、それに壊滅した”Summons Devil”3者の間で何か起こっているのか?
「どうかしましたか?」
 レノが横まで近づいて顔を覗いてきた。
 その気配に気付かなかったことに、自分でも驚いた。
「いや…、何でもないよ。」
 オレは愛想笑いをしてその場を誤魔化した。
「少し急ぐぞ!」
 後ろを向いて隊員たちに言った。
 オレたちは速度上げて、サンダルマン要塞へと急いだ。
 後方に見えていたアサシンは、みるみる内に小さくなり、そして見えなくなった。
 ――――。

 砂漠の乾燥した風を切りながら、目的地へ向けてひたすら走り続けた。
 途中にはオアシスの様な水は存在せず、在るとすれば骨と化した動物や、枯れた草木だけだった。
 陽は少し傾いている様だが、それでも灼熱の暑さは変わらない。
「あれだな。」
 少し陽が沈み、ほんの少しだが涼しくなった頃、前方にサンダルマン要塞が見えてきた。
「酷い有様ですね。」
 フィアンムがオレの隣でそう言った。
 フィアンムの言うとおり、要塞と言うよりも廃墟と言った感じが遠方からでも良くわかる。
 モンスターたちと、この強烈に吹き付ける風によって崩れたのだろう。
「今日は要塞の外れで野営をする。明朝に作戦を開始することにしよう。」
 下級モンスターと言っても油断はできない。
 長年住み着いてきたヤツらに、ここの地の利があると言っていいだろう。
 陽も沈み始め暗くなった今攻撃を仕掛けて、夜まで戦闘が長引いたら厄介な事になりかねない。
 だからオレは野営をして、夜での戦いを避ける事にした。
「見張りは念のため5人立てる。1時間ずつ交代でやるんだ。」
 野営と言っても、テントを張るような大それたものじゃなく、ほんとに寝るだけができる程度の寝袋や食事のみだ。
 オレは食事中の皆に向けてそう言った。
「作戦開始は明朝5時とする。ゆっくり休んでおいてくれ。」
 オレはそう付け加えて自分のペコペコに寄りかかる。
 オレは滅多にペコペコには乗らないが、任務の時はいつも使っている。
 進行上、他の団員たちまでペコペコを降ろすわけにも行かないからだ。
 それとペコペコに乗らないのは、ペコペコがキライだからというわけじゃない。
 剣を扱うのに、乗らないほうが動きやすいからだ。
 むしろオレはペコペコの事は好きな方だろう。その証拠に自分が乗るペコペコに名前を付けている。
 オレのペコペコの名は「アンディ」。
 由来は得にない。強いて言えば呼びやすいからだ。
「クエエエ…。」
「どうしたアンディ?」
 アンディが暗闇で包まれている要塞の手前にある岩場へ向けて鳴き声を上げた。
「ここにいろよアンディ。」
 オレは立ち上がり、アンディの頭を撫でて言った。
 少し離れているが何かが居るのは間違いないだろう。
 アンディは聴覚や、視覚が優れているのだ。
 オレはそんなアンディを頼りにしている。
 ガララ…コロ…。
 岩場の方から石が転がる音がした。
 やはり何か居るらしい。
 オレは忍び足で向かった。
「あの岩だな。」
 目の前にある岩で、姿を隠せそうなのはあれくらいしかないだろう。
 オレの目の前には人一人隠すのは簡単なほどの大きさの岩があった。
 オレは腰の後ろにかけてあるスティレットと呼ばれる短剣を抜いた。
「…。」
 神経を集中させて、岩場から人が出てくるようにスティレットを投げた。
「…!なっ…!?」
「喋るな。動けば殺す。」
 オレの投げたスティレットに慌てて岩場から逃げようとした男を、後ろから捕まえてクレイモアを首筋に当てた。
「まずお前が何者で、何のために我々騎士団を尾けていたか言え。」
 質問を投げかけたが、よく見ると男はアサシンの格好をしているのに気付いた。
 昼間のアサシンらしき男が頭をよぎった。
「我々アサシンは…、任務内容をアサシン以外の者に…喋れば…。」
「早く言え。」
 首筋のクレイモアで少し血を出して見せた。
「ギルドの者に…殺される掟…。」
「オレに殺されるのと、どっちがいいか選べ。」
「どっちがいいかだと…?」
 アサシンが笑みを浮かべた。
「アサシンギルドに…捕まれば、地獄より辛いものが待って…いるのだ…。それを思えば、お前らに殺された方が楽なのだ…。」
「じゃあ死んで見るか?」
 アサシンはギルドに捕まるのはゴメンだと言う風に言った。
「それもゴメンだ…。お前らに殺されるくらいなら…!」
「…!?」
 アサシンは歯の裏に仕込んでいたカプセルの様な物を噛み砕き、ぶくぶくと泡を吹いて息絶えた。
「狂ってやがる…。」
 アサシン――。
 『アサシンギルドに所属する、殺しを生業とした暗殺者の集団。ギルドの為に生き、ギルドの為に忠誠を誓う。忠誠を誓いし者は、その命尽きるまで裏切りは許されない。その誓い破りし者、己自身と己の親しき者の死を以て償う。』
 アサシンは敵に情報を漏らすのは死と同意語だと言い、ギルドに捕まるのも、敵に捕まるのもごめん被ると、そして最後には自分で命を絶つ。
「命を簡単に落しやがって…っ。」
 やりきれない気持ちが湧き上がる。
 喋れば命は取らないつもりでいたのに、こいつは自分で死ぬことを選んだ。
「アサシンギルド…。」
 オレは近くに穴を掘り、自殺したアサシンを葬って、何事も無かったかの様に隊の所に戻った。
「アンディありがとな。」
 アンディは首を撫でられると喜ぶのだ。
 オレは首を撫でてアンディに礼を言った。
「クエー。」
 オレは再びアンディの背中に寄りかかり、食事を始めた。
「隊長どっか行ってたんですか?」
 フィアンムがてくてく歩いてくるのが見えた。
「やあアンディ。」
 フィアンムもまたアンディを好いており、アンディの癖を知っている。
 フィアンムはそう言ってアンディの首を撫でた。
「何でもないよ。ただトイレ行ってただけだ。」
 オレは悟られないように、食事を食べながら話を続けた。
「それより、要塞の方は大丈夫か?」
 話を逸らすついでに、気になる要塞の事を聞いた。
「今の所異常は無いらしいですよ。」
「ならいい。少し休んでおけよ。」
 手を振り自分の場所に戻っていくフィアンムをほっとした。
 それにしてもアサシンが何でオレらを?それにアサシンはあいつ一人だけか?他にもアサシンが居るのか?
 オレは疑問と共に、自殺したアサシンを思い出してしまった。
「クソが…。」
 湧き上がる悔しさ、憤りをどこにぶつけて良いかわからず、オレは拳を砂に叩き付けた。
 ――――。

 暗闇が世界を支配する。
 在るのは砂埃と、それを飲み込み吹き荒れる熱風のみ。
 要塞はただただ、その朽ちた姿を闇夜からうっすら顔を出していた。
 ――――。

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