〜Cross each other Destiny〜

交錯する運命

第1章
第33話  【真実】

 命尽きたシンの顔は、バフォメットの絶対的な力による絶望感には染まっていなかった。
 仲間を護ることができたのか、命を懸けてそう決めていたのか…。
 シンの顔は幸せそうな顔をしている。
「覚悟」が報われたからだろうか…。

「その前に一つ聞きたい。何故お前は生きている?」
 シンの顔から目をそらし、向かってくるバフォメットに疑問を投げかけた。
「なぜかって?いいだろう。冥土の土産に教えてやろう。」
 バフォメットは、自分に負けは無いと確信するように笑いながら言った。
「お前ら人間には心臓が一つ胸の部分にしかないが、私には心臓の他に核と呼ばれるものが頭にある。それがある限り心臓が停止しても再生するというわけだ。」
 頭をコンコンと指さしながら、わかるか?と言いたげに喋った。
「じゃあ、頭を吹き飛ばせば死ぬということだな?」
「そういうことだ。」
 オレはクレイモアを構えて駆け出す。
「ではそうさせて貰おう。」
「やってみるがいい。できるならな。」
 バフォメットもクレセントサイダーを構えてオレの方に走ってくる。
「はあああっ!」
 体が大きいバフォメットの下をくぐり、クレイモアでかかとを切りつけた。
「足から削って体力を削ると言うのか?」
「…!?」
 前に居るはずのバフォメットのクレセントサイダーがオレを後ろから引っ掛けた。
「それまでお前の命が持てばいいな?」
 クスクスと笑いながら、クレセントサイダーをバットの様に振り払った。
「く…っ。これくらいでええええ!!」
 吹っ飛ばされたオレは、空中で反転して壁を蹴り返し跳んだ。
 さっきと同じ様にかかとを切り払う。
 しかしさっき不意を突かれたので、さっきより遠くに間合いを取った。
「それで逃げたつもりか?」
「どういう…。なに…っ!?」
 距離を開けて前にいるバフォメットの右腕が、空間を裂いてオレの目の前に現れた。
「私から逃げられると思うな。」
 驚いたオレを構わずバフォメットの右腕が捉える。
「空間を超越するのか!?」
「今頃気付いたか。」
 右腕が裂かれた空間をオレを掴んだまま戻っていく。
 目の前にバフォメットが現れた。
 いや、現れたのはオレの方か。
「これで間合いを空けながらの攻撃が無意味だとわかったな?」
 オレを顔の近くに連れて来て、忠告するように喋りかけてくる。
「わかったなら…、ここから真っ向勝負だ。力対力の本当の戦いだ!」
 そういい終わるとオレを解放した。
「捕まえたのに逃がしたことを後悔させてやる!」
 もう間合いを空けることの意味が無い上に、逃げ場も無い。
 オレはオーラブレードとコンセントレーションをかけ全力で懐に飛び込んだ。
「そこまで追い詰めてくれることを祈っているぞ!」
 オレを懐に入れさせないように、クレセントサイダーを横に払う。
 同時にその刃はオレを狙い向かってくる。
 このままじゃ足に当たる!
「こんな攻撃…っ!」
 足を引っ込め、避けた直後にクレセントサイダーの刃を地面代わりに足で蹴り、そしてバフォメットの首目掛けて飛ぶ。
「間合いを詰めれば攻撃できないと思うなよ?」
 顔の近くまで来た辺りで、バフォメットが口を開きダークブレスを放った。
「これくらいで!ロードナイトをなめるなあああああああああ!!」
 高速でクレイモアを目の前に振り払う。
 何度も振り払い、剣圧で自分の前に風の壁を創った。
 その壁を避けるように、少しだがダークブレスの軌道がそれる。
「中々やるな。この距離からダークブレスの直撃を、クレイモアの剣圧だけで免れるとは。」
 確かに直撃は免れたが、それでも焼かれるような感覚が体を襲う。
 床に着地したが中々力を込めることができない。
「お前に…。褒められるとは…思ってなかったぞ…。」
 喋りながら呼吸を整える。
「私は、お前ら人間どもを過大評価も過小評価もしてはいない。」
「なら何故、オレら人間たちを…殺そうとする…?」
「そんなもの邪魔以外ないだろう?生物の頂点に立った様な面が邪魔だからだ。」
「そんな勝手な理由で。お前らに殺されるわけにはいかないんだよ!」
 体がついていくかわからないがやるしかない。
 リュートの真似をした。
 高速のスピードで斬り駆け回る。
 そこに残像を残す。
「ほう…。先ほどのチャンピオンの真似か?中々良くできている。が、まだ甘い!」
 残像を残したが、どれが本物かわかっているのか、バフォメットはオレの目の前にクレセントサイダーを振り下ろした。
「そんな力じゃ私は倒せないぞ?」
 バフォメットは不適な笑みを零す。
「早くお前の『力』を見せてみろ。」
 情けをかけるように、オレの目の前でクレセントサイダーが止まる。
「知っているぞ。お前は仲間や、自分が危機に陥ると人格が変り、絶大な力を持つということをな。」
「な…っ!何でそれを知っている!!答えろ!!」
 バフォメットの言葉にオレは驚いた。
 今まで意識を無くした後に、強大な敵や、圧倒的な多勢を打ちのめした時がある。
 記憶が無かったのは、別の人格、ようは違うヤツの意識がオレに入ったという事か。
 それを何故バフォメットが知っている?
「何故知っているかって?お前は知っているはずだ。頭の中で喋る声の主をな。」
「オレが聞いているのはそういうことじゃない!何でお前がそれを知っているかだ!教えろ!」
 詳しすぎる。
 オレはそう思った。
 もしかしたら真相に近づけるかもしれない。
 そう期待を込めながらバフォメットに疑問を投げつけた。
「良いだろう…。お前も知っている通り、魔王モロクの復活が間近に迫っている。」
 バフォメットは拒む素振りを見せず、そのままオレの質問に答えた。
「その魔王モロクを倒した魔剣士タナトスを知っているな?」
「そんな事誰でも知っているだろう。」
「その魔剣士タナトスが、何故魔剣士と呼ばれるようになったかお前は知らないだろう?」
 確かに。
 魔王モロクを倒したいわば勇者の様な存在のタナトスが、何故魔剣士と呼ばれているのか。
 それは語り継がれていない。
 バフォメットはそのまま喋り続けた。
「タナトスは最初から、魔剣士と呼ばれていたわけではない。
 ┃魔王モロクを打ち倒したタナトスは世界中で勇者と呼ばれ、この大陸でも知らぬ者は居ないほどになった。
 ┃しかしその後ヤツに悲劇が起こったのは誰も知らないのだ。」
 悲劇?魔剣士タナトスに悲劇が訪れ、何かが彼を変えてしまったのだろうか?
「タナトスが魔王モロクを倒して平和が訪れた。
 ┃だがその平和も長くは続かなかった。
 ┃魔王モロクが倒され、モンスターたちも大人しくなった。
 ┃しかしモンスターたちとの戦いが終わりを告げると、今まで争いを拒み続けてた人間たちが領土争いをするようになった。
 ┃魔王モロクとの戦いで余裕を無くしていた人間は、魔王モロクが倒されてその余裕を取り戻した。
 ┃その余裕が欲望へと変わり、そしてその欲望が戦いを生んだ。
 ┃人間は勝手な生き物だ。平和が訪れた時だけ勇者とおだてあげるのだからな。
 ┃戦争が始まり、終わらぬ戦いに疲れ果てた人間たちは、やがて事の発端はタナトスに在ると思い込み始めた。
 ┃魔王モロクを倒して平和が訪れた後から、おかしくなったと言ってな。
 ┃発端など在りはしないのにな。あるとすれば、平和ぼけした人間たちが産んだ欲望だろう。」
「タナトスにそんな悲劇があったなんて…。だがそれとこれとどう関係があるんだ。」
「話はまだ終わっていない。」
 バフォメットはそう言うと、また喋り始めた。
「戦争の発信源とされたタナトスは、アサシンを追っ手として国から追われる身になった。
 ┃だが一介の暗殺者が、勇者と謳われたタナトスに敵うはずもない。
 ┃幾度となく追っ手を出されては、それら全てを返り討ちにした。
 ┃そうしなければ自分が殺されるからだ。
 ┃何年にも続く逃亡生活を続けたタナトスは、追っ手を返り討ちにする度に悩んだ。
 ┃『オレはただ皆を救いたい一心で救っただけなのに…!世界のために戦っただけなのに…っ!』
 ┃そう悩み苦しみながらも、まだ追っ手は終わらないでいた。」
 バフォメットが一呼吸入れて、オレに喋りかけてきた。
「お前は、今の封印が遥か昔から同じ封印だと思っているだろう?」
「そうじゃ…ないのか?」
「私が最初こう言ったのを覚えているか?『魔王モロクを打ち倒した』タナトスは確かに魔王モロクを倒した。
 ┃だが、死んではいなかったのだ。現にこうして封印が解かれるという自体が起きている。
 ┃そうとも知らずに人々は完全に消滅したものだと信じていた。タナトスもそう思っていただろう。
 ┃それが追っ手に追われていたタナトスに拍車をかけたのだ。」
「どういうことだ?」
「やがて戦争をしながら尚も追っ手を出していた国々、人間たちが異変に気付く。もちろんタナトスもだ。」
 バフォメットは裏の歴史を淡々と語る。
「静かだったモンスターたちが凶暴になり、街や村、人間いる先に現れ人々を襲い始めたのだ。
 ┃そこで初めてタナトスを含めた人間たちが気付いた。魔王モロクがまだ完全に死んでいないことを。
 ┃魔王モロクを倒したと言ったタナトスは嘘をついたと、一部の人間たちが思い喋り始める。
 ┃その噂は瞬く間に広がり、それを信じきった愚かな人間たちは一層タナトスを恨み始める。
 ┃タナトスもまた魔王モロクが死んでいないことに気付いた。しかし既に遅かった。
 ┃魔王モロクが再度現れ、世界が混沌へと堕ちていった。
 ┃タナトスは再び魔王モロクを倒すことを心に決めた。
 ┃以前勇者と呼ばれたタナトスは見事に二度目も魔王モロクを打ち破った。が、世界はタナトスを許しはしなかった。
 ┃世界はタナトスを責め続けた。タナトスはやがて追っ手に捕らえられた。
 ┃長年の逃亡生活と二度に渡る魔王モロクとの戦いで、タナトスの心と体はボロボロだったからだ。
 ┃牢屋に入れられてからタナトスは狂い始めた。
 ┃『自分は魔王モロクを倒して、倒して人々を救った…。救いたかった…。そうしただけじゃないか…!!私が何をしたっていうんだ…!!』
 ┃タナトスは捕まってから数日後、民衆が集まる広場で斬首刑にされた。
 ┃殺される間際にタナトスは人々を睨み付け、こう言い放った。
 ┃『お前たちを呪ってやるぞ…!そしていつかこの恨みを晴らすために、私はまたお前たちの前に現れる!』
 ┃とうとうタナトスは人間たちを恨み、呪うことを決めた。
 ┃その後兵士に首を切られた。この剣が魔剣と言われる事となるエクスキューショナーだ。」
「…。」
「その死ぬ間際のタナトスの言葉と、魔王モロクの件、戦争の発信源とされたタナトスは、勇者タナトスと呼ばれた名前が変わり、そしてこう呼ばれるようになった。
 ┃『魔剣士タナトス』と。
 ┃そして死んだタナトスを祀るために立てられたと言われるタナトスタワーだが、実際あれは祀るためにある建物ではない。
 ┃タナトスの思念を封印するために創られたものだ。」
「だからこれとオレがどう関係あると言うんだ!?」
 バフォメットの話を聞いたが、魔剣士タナトスのことはわかったが、自分の力と声の主については全くわからない。
「人間はせっかちだな。話が終わったと私は言ったか?」
「すまない…。」
 オレはバフォメットに謝り、バフォメットはまた喋りだした。
「その後は『封印』も確立され、魔王モロクは砂漠の都市モロクに封印される事となった。
 ┃しかし誤算が一つ。タナトスを封印するタナトスタワーを建設したことで、タナトスからの害は無いと思ったのだろう。
 ┃王国のやつらはそのままタナトスタワーを放置した。しかしタナトスは生きていたのだ。
 ┃体は無くとも思念体としてな。言葉の通り思念体とは、思う念からできている。
 ┃それを逆手にタナトスはある事を思いついた。汚れた魂、いわば自分と同じく人間を呪うヤツの思念を取り込むことを思いついたのだ。」
「なっ…!」
「そして取り込まれる魂だが、ただ人間を呪うやつじゃない。
 ┃かつて自分がそうだったように、人間を呪う気持ちが強く、なお肉体的にも強い魂を選んだ。
 ┃それは長年に渡り魔王モロクを封印してきた者たちも当てはまる。
 ┃倒した時だけ英雄とおだてあげ、時が経つと、妬まれたり、蔑まされたり、忌み嫌われる存在になるだけだからな。
 ┃やつはその汚れた魂を取り込み、取り込んだ魂の記憶と力を自分の物にしてきた。
 ┃思念体の体と記憶は、一番最近に取り込んだ者の影響が色濃く残っているため、姿形はそれと同じになる。
 ┃ヤツは力をつけて、いつか人間たちに復讐するために力を貪欲に集めている。
 ┃ゆえに記憶をコピーして語りかけ、親類(魂の記憶にある)に自分(数々の魂の一つ)の力を貸して強くさせる。
 ┃そしていつかは魔道に落とされる。いつの日か自分の力にするために。そしてお前の父親もまた魔王モロクを二度も封印した英雄。
 ┃ここまで言えばわかるだろう?」
「あの声は親父で、魔剣士タナトスも親父だっていうのか…?」
「頭の中に響く声に覚えがあるのだろう?言い逃れはできまい。」
 バフォメットの話を聞いたオレは愕然とした。
「その話を全部信じろっていうのか…!?悪魔のお前を…っ!!信じろっていうのか!?」
 オレはそう言ったが、頭では信じざるを得なかった。
 バフォメットが親父の事を知っていること、そしてヤツの言った記憶のコピー。
 語りかけ力を貸すこと。
 あの声に聞き覚えがあるのは、物心ついてない時のオレの記憶か…。
「信じる信じないはお前の勝手だが、このままだといつかお前はタナトスの一部になることを忘れるな。」
「何でそれをオレに教えた…!」
「お前が私に聞いたからだろう?それと私が何故お前の暴走を知っているか聞きたがっていたな?」
 バフォメットが思い出したように呟いた。
「私は魔王モロクと同様に古くからこの大陸に存在している。
 ┃そしてこの右眼はどこをも見通す力がある。
 ┃封印してても意識は存在している私にも、この大陸のことがよくわかるということだ。」
 どうりでオレの暴走を知っているわけだ。
「真実を知り愕然としたか。」
「…。」
「喋る気力も無くなったか。」
 バフォメットは後ろに向き直し、翼をはばたかせ宙に浮いた。
「今お前を殺すのは簡単だが、それでは私の気が晴れない。だから今日のところは見逃してやる。せいぜい鍛錬しておくことだな。」
 バサッバサッと巨大で黒い翼をはばたかせ、戦闘で崩れた天井から飛び去った。
「親父が…魔剣士タナトス…?親父がオレを…?」
 オレはその場に膝をつき、訳もわからずただそこに座ることしかできなかった。
 砦を発ったバフォメットは、既に漆黒の空にその姿を消していた。
「ラクティヴ一番隊隊長大丈…!!どうしたんですかこれは…っ!!隊長…!?」
 混乱するオレに騎士団員が声をかけてきた。
 どうやら外の捕縛がほぼ終わり偵察しに来たのだろう。
 オレとその周りの血だらけのみんなを見て慌てふためいている。
 混乱するオレは声には気付いていたが、あまりに唐突な事に喋る気力すら残っていなかった。
「…。」
「とりあえず救援とプリースト部隊を応援に頼みます!ここで安静にしていてください!」
「よろ…く…た…む…。」
 バフォメットに言われた言葉が頭から離れない。
 親父はオレを…。
 血だらけの仲間に囲まれてオレは悩み続けてた。

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