〜Cross each other Destiny〜

交錯する運命

第1章
第30話  【魔獣バフォメット】

 目の前に転がるブラッディナイトの鎧。
 鎧の中身は倒れたと同時に砂のように崩れ去った。
 これが魔道に身を染めた者の末路。
 これが戦争が産んだ悲劇の末路…。
 悲しみがこみ上げてきたが、憎しみが後から湧き出し体を駆け巡る。
 カッツバルゲルを手に取り、プリーストの方に構えた。
「チッ。役立たずめ。」
 プリーストが亡骸のブラッディナイトにそう呟いた。
「ラクティヴさんが黙れと言ったのが聞こえなかったのか?」
 シンがプリーストの胸倉を掴み、グイッと体を持ち上げた。
「お前、その腕…、義手だな…?戦いで落としたか…?フフ…。」
 笑いながらプリーストがシンに問いかける。
 シンは穏やかな目つきでその様を見つめている。
「戦いが…憎いのだろう…?」
「これで3度目だ。黙れ。」
 更に手に力を込めて、喋れないようにする。
 プリーストはそれでも尚笑っている。
「私の事を…気にかけて…、構ってくれるのは…ありがたいがね…。」
 そう言ってシンの後ろを指差した。
「彼らも…構って欲しいそうだよ…?」
 ニヤリと口を歪めた。
 モンスターたちがシンに襲い掛かる。
「みんなも丁度相手が欲しいそうだ。オレはこいつで手一杯だから頼むよ。」
「任せな大将!」
 モンスターがシンを囲むと同時に、モンスターを”Holy Crusade”のメンバーが取り囲んだ。
 セネルたち”Thousand Brave's”は周りの敵を殲滅している。
「ユニー!行くよ!」
 アリスが腰にかけている剣に手をかけた。
「任せて!…水よ、集まり我の力となれ!我らに仇名す者に思い知らせろ!アイスウォール!!」
 モンスターの周りに氷の壁が現れる。
 アイスウォールは絶対零度を放つ壁を作り出す魔法である。
 アイスウォールは時間が立つまで消えることは無く、壊されることも無い。とても硬いからだ。
「剣よ、今こそ封印を解き放ち、我の刃となれ!」
 アイスウォールで囲み終わった時、アリスが頭上に剣を掲げた。
「落ちろ!サンダーストーム!!」
 アイスウォールで囲まれたモンスターたちの頭上から稲妻が落ちる。
 アリスの持つ剣は、シュバイツェルサーベルと呼ばれる風属性を帯びた両手剣の宝剣である。
 使用者はサンダーストームを唱えることができ、その威力は使用者の魔力に呼応する。
「オレの詩で狂いな!」
 《不協和音!!》
 クラウンのファマスが楽器で詩を奏でた。
 耳に届く範囲のモンスターに音波系のダメージを与えるのだ。
「そろそろアイスウォールも崩れる頃合かな?」
 マスミが何かの詠唱を始めた。
 するとファマスが演奏を辞め、違う演奏をし始めた。
「響け!ブラギの詩!」
 アイスウォールがもう無くなる。
 詠唱が間に合わないと思ったが、ブラギの詩が聞こえる範囲内にいるマスミの詠唱が速くなった。
 丁度アイスウォールが消えた時に魔法が発動した。
「壁が消えても動いたらダメですよ。スパイダーウェブ!」
 壁から解放されたモンスターの足元に蜘蛛の巣の文様が現れた。
 この蜘蛛の巣に引っかかると動けなくなる魔法であり、プロフェッサーの専用魔法だ。
「止めはオレかな?」
 フィアンムがクレイモアをスラッと鞘から抜き出してボーリングバッシュを放った。
「グオオオオン!!」
「一匹し止め損ねたか。」
 体が赤く燃え上がり、溶岩が溶け出している。
 ラーヴァゴーレム。主に火山地帯に火属性のゴーレムである。
 とてもタフな体力とその巨体から繰り出される一撃は、遅いが食らうと重量感がある。
「阿修羅覇凰拳!!」
 フィアンムの横からリュートが飛び出した。
 ラーヴァゴーレムの体に亀裂が入りそのまま消滅していった。
 リュートが放った拳は阿修羅覇王拳と呼ばれる、最強の体術である。
 己の中にある力と魔力を全て拳に集めて放つ技である。
「悪いな。お前の下僕じゃ役不足だったらしい。」
 シンがプリーストに言った。
「仕方あるまい…。最高のもてなしを持って…、あなた方のお相手をしよう…。」
 シンに胸倉を掴まれながら、途切れ途切れにプリーストはそう言った。
「!?」
 プリーストの足元に魔法陣とは違う文様が浮かび上がる。
 シンは危険を感じ取ったのかプリーストを投げ飛ばし、そのまま後ろに跳躍した。
「これは…、まさか召還魔法!?」
 マスミが声を荒げた。
「サモンスレイブと同じく、本体の周りに何かを召還する魔法の事よ。だけど、大昔の禁魔法のはずよ…!」
 召還陣から、恐ろしく青光りする鎌が現れた。
 その次に山羊のを巨大な魔獣にしたような角、そして巨躯が姿を現す。
「バフォメットだと!?」
 シンが叫ぶ。
 ブラッディナイトの亡骸の前で立っていたオレにもその声がちゃんと届いた。
 バフォメットとは世界制圧を企む上級モンスターである。
 手にはクレセントサイダーと呼ばれる、青光りする半月鎌を持ち、強大な魔力を以てして人語を話す魔獣である。
「意図的に復活を早めたのか!?」
 オレは急いで駆け寄る。
「ククク…。フハハ…ハハハハ!」
 プリーストが高らかに笑い出す。
「これで貴様らも終わりだ!私を怒らせるからこうなるのだ!」
「煩いぞ。虫けら。」
 バフォメットが口を開いた。同時にプリーストの体が真っ二つに割れた。
「なっ…!バフォメット…?キサマアアアア!!」
 砦内では殺すことができないように魔法がかかっているのに、バフォメットはプリーストを斬り殺して見せた。
「バカな男だ。私を下僕にできると思ったのか?」
 バフォメットはそう言うと、復活した体を確かめるかのように腕を振り回す。
 周りのモンスターたちを掃討し終わった”Thousand Brave's”と”Holy Cursade”のメンバーもそのバフォメットを目にした。
「これはこれは…、騎士団一番隊隊長ラクティヴにプロンテラ十字軍新鋭隊のシンではないですか。」
 オレらの方に目をやり、紳士的な喋り方をするバフォメット。
 その喋り方を見ても背筋が震えてしまう。
 ヤツが喋るごとに魔力をぶつけられているみたいな感じだ。
「前の復活の際はお世話になりましたね。」
 そう呟いたバフォメットの殺気が一層増した。
 一年ほど前になるか。
 グラストヘイム古城で復活したバフォメットを騎士団と十字軍親衛隊で殲滅したことがある。
 それを思い出しているのだろう。
 シンの右腕もその時バフォメットに落とされたものだ。
「お前が今回の件の首謀者ってことか?」
 オレがバフォメットに問いかける。
「首謀者?とんでもない。今死んだ無知な男の手下になって見せて、復活を手伝わせただけだよ。こんなちんけな計画には、これっぽっちも加担はしていないから、安心してくれたまえ。」
「この右腕の借りは返させてもらうぞ。」
 シンが右腕の義手を外して見せた。
 いつにない目つきをしてバフォメットを睨みつける。
「良いでしょう。話はこれくらいにして、以前のケリをつけるとしよう。」
 クレセントサイダーを構えたバフォメットのプレッシャーが増す。
 ビリビリと空気を震わせ、それがオレらに伝わってくる。
「ルーシー、ソラ!フィオナ、アンジェ、ヒナ!”Holy Cursade”の人たちと一緒に支援を回してくれ!」
「アーウィン、ユウ、セリア、フルナーゼ!彼らと一緒に支援を手伝ってやるんだ!」
 オレとシンが支援を促した。
「ハイプリーストはアスムプティオとヒールを中心に!プリーストはその他の支援をかけてくれ!」
 ルーシーが”Holy Cursade”の3人にも指示を出した。支援は気にしなくても良い様だ。
「バルジ!ユニーさんに続いて一緒に魔法で援護を頼む!」
「ユニーさん頼みます!」
 オレの指示を受けてユニーがアリスに命令を求める。
「アリス、リュート、エンブリオ、フィアンム!”Thousand Brave's”の人たちと支援と後衛の援護をしつつ、バフォメットに牽制してくれ!」
 シンがバフォメットの方を向きながら命令を出している。シンのその背中から、ものすごい安心感とリーダーシップが発揮されているのがわかる。
「リュウたち3人は支援を受けたら、支援の護衛に徹するんだ!その体で前に出てくるんじゃないぞ!」
 今まで耐えてくれた3人には、護衛という形で休んでもらうことにした。
「そろそろ良いか?私はお前らといつまでも遊んでいるわけにはいかないのだよ。」
 バフォメットが少し口調を荒くして語りかけてきた。
「オレらもお前といつまでも遊んでるわけにはいかないんだよ。今度こそ跡形も無く消してやるぞ!」
 オレを先頭にして、シンたちがバフォメットの周りから攻撃を仕掛けに行った。
「うろちょろされては困るな。かわいい息子たちに任せるとしよう。」
 バフォメットがそう言うと、バフォメットの四方にバフォメットを小さくしたようなのが、こちらの人数に合わせた数だけ現れた。
「小さいからといって甘く見ない方がいいぞ。小さくても私の息子だからな。」
 バフォメットJrがそれぞれに向かっていった。
 それを見届けたバフォメットが喋りだす。
「ラクティヴとシン。お前らだけは私が直々に相手をしてやる。」
「そんな余裕があるのか?お前は私たちに封印されたことを思い出させてやる!」
 シンが腰にかけている剣を鞘から素早く抜き出した。
 刀身が白く輝くその剣はホーリーアヴェンジャーと呼ばれる片手剣である。
 伝説の聖剣エクスカリバーよりは劣るが、その刀身には聖属性が宿っており、邪を滅する力があるとされている。
 この剣を以てして、以前バフォメットを封じたのは言うまでもない。
「今一度この手でお前を葬ってやる。覚悟はできたか?シン。」
 ブラッディナイトの形見のカッツバルゲルをギュッと握りしめ、シンに用意ができたか聞いた。
「覚悟はとっくにできていますよ。行きましょうか。」
 周りでバフォメットJrと戦っているみんなの姿が見える。
 オレとシンはそれを一瞥してバフォメットの方に剣を構えた。

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